01. 驚きの提案

1/13
1287人が本棚に入れています
本棚に追加
/241ページ

01. 驚きの提案

 時計を見ると午後の3時をまわっていた。私は廊下から見えない位置に移動して、壁に寄り掛かったまま少しの間目を閉じて休息を取っていた。目は閉じているけれど耳は常に外に集中して誰かが入ってこないかチェックしている。  私にとって会社での休息の場は給湯室にしか無い。デスクに戻って少しでも気を抜こうものなら雑用を押し付けられる。いや、雑用ならまだいい。重要な仕事を置いていかれ、あと少しで終わりそう、という頃合いで無理やり奪い取られる事だって少なくはない。  おかげで自分の作業は終わらないし、トラブルがあるたびによく分からないからと駆り出される。最初の頃こそ抵抗したり、周りに助けを求めたりしてみたけれど、今ではそんなものが無駄でしか無いと分かってきた。    私、飯島(いいじま)沙耶香(さやか)が働く西海リゾートホテルズの管理部は、他の部署に比べて女性の多い部署になっている。女性が多いとどうしても派閥みたいなものが出来たりするけど、私はそういったものが昔から苦手だった。なので派閥を組んでいる人たちからは一定の距離を取って過ごしていたんだけど、管理部に配属されて半年で私は派閥のリーダーから目をつけられた。  きっかけは会社で運営しているホテルで立ち上げたイベントだった。ハワイアンフェアと称して、ハワイの文化やグルメに触れ合えるようなイベントを企画していた。近くにハワイアンのカフェがあって、その店と協力しながら進めていこうとしていたんだけど、このイベントに配属されたばかりの私が抜擢された。  理由は簡単で、私はこの会社に入社する前、このイベントを行うホテルでアルバイトをしていたことがあったから。協力してもらうカフェもよく通っていて店長さんとも顔見知りで、ホテルの構造や客層についても本社の中では最も詳しいと言っても過言ではない。本来ならホテルに出向いて担当者と何度も打合せをする必要があるんだけど、その前に私の知っている情報をもとに進めていくことで効率よく進められると判断されたらしい。  だけど、そんなことは周りの人たちは知らない。いや、知っていたとしても抜擢されたことが面白くなかったみたいで、一瞬で私は孤立した。もし派閥に入っていたら話を聞いて、助けてくれる人もいたのかもしれないけど、この時私の話をまともに聞いてくれる人は1人もいなかった。どんなに面倒でも派閥の中に入っておけばよかったと心から後悔した。
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!