06. 伝えて欲しい想いと伝えたくない事実

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 私は報告書を隅から隅まで目を通した。だけどそこに私の名前は1つもない。一瞬でも冴島さんを疑ったことが申し訳なかった。 「えっと、ここに私の名前無いですよね。何で私が関わったと?」  恐る恐る聞いてみると、一枚の名刺を出された。そこには『太川繊維株式会社 社長 太川寿光』とあった。 「ここ、小さい会社だけど質のいい寝具を作っていて。今度リニューアルするホテルの枕をここのものにしようとしていたんだけど、納期のすり合わせが上手くいかなくて難航していたんだ。だけど社長がうちを最優先でやるって言ってくれて。理由を聞いたらうちの社員に孫がお世話になったからだと。そこで飯島の名前が出たんだよ」  海花さんのお祖父さんのことだとすぐに分かった。でもまさか私の名前がそんなところから出されるとは思っていなかった。 「調べたらこの報告書みたいなんだけど飯島の名前がないから。担当者に問い合わせてようやく確認取れたんだけど、何で飯島の名前を書かなかったんだ? 飯島が主導で動いたんだろ? 何なら飯島が報告書を書いても良かったのに」 「いえ、主に動いてくれたのはチーフの冴島さんです。私はお客様のサポートをしただけで。変にでしゃばりたくないと言うか……」  私の苦しい言い訳も井上課長には通じなかった。 「現場に出ているとは言え、お前は本社の人間なんだから、報告書にはちゃんと名前を書くべきだろう。事態を一番把握しているはずのお前の名前がなくて、聞き取りに余計な時間もかかったんだぞ」  そこまで言われてしまうと頭を下げるしか無かった。名前を載せなかったのはあくまで私の個人的な事情だ。それで井上課長に迷惑をかけてしまったのは単純に申し訳ない思いでいっぱいだった。  それから、報告書について詳細な聞き取りが始まった。といっても報告書にある話を少し掘り下げたくらいのことで、目新しい報告は特にない。 「この報告書について担当者に確認取ってる時に聞いたんだけど、飯島がこの……冴島さん? に助けを求めて解決してもらったんだよな。最初に問題が起こったのは喫茶店の中だったんだろう?」  井上課長の質問に素直に頷くと、井上課長は腕を組んだまま眉間にシワを寄せている。 「俺が今まで見てきた飯島なら、自分で、身内でなんとか解決しようとしたと思うんだ。あそこには飯島の上司がいなかったからかもしれないけど、無関係の店舗のスタッフに頼るなんて飯島らしくないなと思って」
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