06. 伝えて欲しい想いと伝えたくない事実

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 確かに、本社にいたら困った時に助けてくれる人なんて限られてるから、よっぽどのことがなければ無理してでも自分で解決をしてきた。もっと周りに頼れと怒られることすらあるくらいだったのだ。井上課長から見たら珍しいと思ったんだろう。 「冴島さんは私がアルバイトしていた時の先輩なんです。昔から何度も助けてもらっていたので、今回も頼ってしまいました。全く経験のないことで自分だけでは解決できる自信がなかったんです。結果ご迷惑はおかけしましたが悪くない判断だったと思っています」 「そうか。冴島さんも言ってた。飯島は昔からよく自分を頼ってくれたと。本当に必要なときだけ、適任者に声をかけてくれるからいつ声をかけられても助けたくなる。今回もほんの少しだけど久しぶりに一緒に仕事できて楽しかったとも言ってた。 ……飯島がそういう仕事の仕方するなんて知らなかった。出来なかったんだよな。だから、飯島が戻って来たときにもっと仕事がしやすくできないか考えておくよ。飯島の能力をもっと活かせるように。だから、もう少し待って欲しい」  真剣に話す井上課長の目を見て、本当に私のことを考えてくれているんだと思った。私は周囲の嫉妬に似た視線と、男性への恐怖心から井上課長とは距離をおいていたけど、ちゃんと話せば自分で環境改善も出来たんだろうか。  とは言え、今回は冴島さんのお陰だし、淳さんの素早い対応にはかなり助けられて本当に感謝はしているんだけど。 「ありがとうございます。よろしくお願いします」  それだけ言って井上課長の元を後にした。今の時刻は11時、まだ喫茶店の方に戻るには少し時間があったので、雑務をしに自分のデスクに行くと、周りからの視線に冷たいものを感じた。そして一番聞きたくない人の声が耳に届いてくる。 「飯島さんて本当に暇なのね。私が営業と何度も足を運んで調整していた仕事あっさり決めちゃうなんて。でも、他人の仕事に勝手に口出しされるのは困るのよね」  最悪なことに私は西岡さんの仕事に絡んでしまったらしい。慌てて西岡さんのもとに向かう。 「あ、あの、ごめんなさい。でもたまたまお客さんとして来ていた方が関係者だったってだけで、西岡さんの仕事に口出ししようだなんて……」  久しぶりのこの感じ。冷や汗が止まらなくなる。 「あら、飯島さん、どうしたの? 私独り言を言ってたんだけど何か聞こえちゃったかしら?」  ジロリと睨まれてそれ以上何も言えなくなってしまった。今日はここに長居しないほうが良さそうだ。最低限の作業だけして喫茶店に戻ることにした。
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