2957人が本棚に入れています
本棚に追加
「どう?」
白衣を着た女性医師が部屋に入って来て、椅子に座り真剣な様子で顕微鏡を覗いている、同僚の男性医師に英語で尋ねる。ここはアメリカニューヨーク州にある総合病院の研究室。
「あぁ、いいね。分裂し始めた割球の大きさも均一で綺麗だ」
男性医師が顕微鏡を覗きながら笑みを浮かべる。
割球というのは、受精卵が二細胞期から胞胚期まで卵割を繰り返して生じた細胞。 形態的にまだ分化をしていないものをいう。簡単にいえば、受精卵が細胞分裂をし2個、4個と分裂を繰り返している細胞の事だ。
「うそっ、ほんとに?」
声を少し弾ませる女性医師。男性医師は顕微鏡から離れ、女性医師に席を譲り、女性医師が顕微鏡の中を覗く。
2人が顕微鏡で見ているものは、体外受精の1つである顕微授精で卵子と精子を受精させた受精卵。
「ほんとだ……綺麗。これならいけるわ」
「あぁ、今度こそ、彼らにいい報告が出来るぞ」
「えぇ……よかった……何度も失敗して…」
これまでの苦労を思い出し、涙を浮かべる女性医師。顕微鏡から離れ、男性医師と向かい合い零れる涙を拭きながら話す。
「ほんとに何度も挑戦して、彼女は「今回を最後にする」って言っていたから……本当によかった…」
「そうだな。今までは割球が上手くいかず、こんなに綺麗な状態にならなかったからな…」
「うん…でもどうして…最後にこんな綺麗に…」
女性医師は、少し不思議そうに顕微鏡に視線を向ける。
「まぁ…よかったじゃないか。きっと彼らも喜ぶよ」
「えぇ…」
男性医師にそう言われ、女性医師もようやく笑顔を零した。
数日後、培養された受精卵は母親の子宮へ移植され、無事着床した。夫婦は泣いて喜び、何度も研究室の医師達に礼を言った。あとは無事に生まれてくる事を願うだけだと、夫婦をはじめ研究室の誰もが思っていた。
だが…。
最初のコメントを投稿しよう!