遠い存在

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リツの本名は、清水(しみず) (りつ)。和奏より3つ上の現在25歳。 和奏が生まれてすぐ、律はよく家に和奏を見に来ていたという。和奏をよく可愛がり、まるで兄妹のようにいつも一緒にいた2人。兄のように思っていた律を、中学生になった和奏は異性として意識し始める。 それは次第に恋に変わるが、律には気持ちを伝える事が出来なかった。淡い恋心を持ちながら、幼馴染として接していた2人に突然、別れがやって来る。 ≪俺、家を出て、大学もやめる。アイツ等とバンドで生きてく…≫ 律はそう言って清水家から出て行った。ご両親に律の事を訊いても、居場所も分からず連絡がないという。親にも和奏にも音信不通になり、そして2年前、やっと見つけたのだ。 あの優しくて、カッコよくて、大好きだった幼馴染の律は『Inconvenience』のボーカルのリツとして、テレビの中にいた。 久しぶりに見た律は、少し痩せていけどさらにカッコよくなっていて、バンドの中央でスタンドマイクを持ち歌う姿は別人のようで、涙を流して観ていた和奏には遠い存在に思えた。 すぐに『Inconvenience』の会員になり、ライブを観に行った。和奏の中にはまだ律への気持ちが残っている。どうしてももう一度、律に会いたくて、和奏は律に会う方法を考えた。 『Inconvenience』のCMが続けて決まり、ずっとスポンサーとしてついている『青龍ホールディングス』の社員になる事を思いつく。『青龍ホールディングス』への挨拶に、インコンが自社ビルに訪れるという話を聞いたからだ。 そうしてようやく和奏は『青龍ホールディングス』に入社したのだった。 「おおーい、工藤さーん」 「あっ、す、すみません」 「どうしたの? ぼぉーとして」 「い、いえ、別に……ちょっと考え事を…」 「ふうん…」 「あ、男性から見てもカッコいいって話でしたよね」 「あぁ、うん。特にリツは美形だよな。ありゃぁ、相当モテて来たはずだ…」 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる大神。何だか親しみを感じ和奏は微笑む。 「ん? 何?」 「いえ……大神先輩って、話しやすいですね」 「そう? そう言ってもらえると、これから仕事が頼みやすくなるな」 「あっ、はいっ! 頑張ります」 「ふふっ、素直で可愛いじゃん!」 「えっ…」 大神が微笑んで言った言葉に、疑問符で返す和奏。慌てて大神が視線を逸らし、話を続ける。 「あ、ううん。でも何で『Inconvenience』ってバンド名にしたんだろうな」 「『不自由』」 和奏は視線を落としうつむいて、その意味を口にした。 「おっ、知ってた? そう、不都合とか不自由っていう意味だよな」 「はい…」 テレビで見た時、バンド名の意味を調べた。 『inconvenience』を名詞として使った場合、不便、不都合、不自由、迷惑という意味になる。 どうしてそんなバンド名にしたのか、和奏も気になっていた。だがある雑誌でその理由を話している記事を読んだ。 「ある雑誌の取材で話しているのを見ました。「この世の中は不都合だらけ。自分の思い通りには行かない事ばかりで、不便で、不自由で迷惑ばかり。そんな中で俺達は生きていかなきゃいけない。生きて行ってやるって決意をしたんです。だから『Inconvenience』俺達にピッタリのバンド名でしょ」って…」 「へぇ……そんな決意の意味があったんだ…」 「はい…」 「って、工藤さん……好きなんじゃん!」 「あっ!」 (つい話しちゃった…) 思わず黙っていられなくなり話してしまった和奏。そんな和奏を大神は笑い、2人は出入り口を出て昼食に向かった。
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