遠い存在

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ちょっとお洒落で可愛い洋食店に入り、一番奥のテーブル席に向かい合って座った。店員が冷水とおてふきを持って来て、テーブルに置き一旦離れる。 「ここのオムライスが絶品なんだ」 メニューを広げて大神がオムライスを勧める。 「俺、営業だから色んな店に食べに行くけど、ここのオムライスが一番美味(うま)いと思う」 和奏はメニューの写真を見ながら、大神に尋ねた。 「5種類あるんですね。デミグラスソース、ホワイトクリームソース、ケチャップソース、3種のチーズソース、カレーソース。へぇ……美味(おい)しそう。大神先輩のお勧めは?」 「全部食ったけど、どれも美味いよ。あとは好みの問題かな。俺はホワイトクリームソースが好きだな。クリームシチューとか好きなんだ」 「へぇ……じゃあ、私はまずデミグラスソースから食べてみます」 「あぁ…」 大神が店員を呼び、2種類のオムライスを注文した後、和奏に訊く。 「工藤さん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」 「えっ」 「食後のドリンク。どっち?」 「あっ、じゃ、コーヒーで」 和奏が答えると、大神は店員に向かって言う。 「じゃ、食べた後、コーヒー2つ」 店員が注文を確認して、厨房へ戻った。 オムライスが来る間、大神が自社ビル内の事や仕事の事を話してくれる。 自社ビルは地下1階、地上6階建てで、地下1階は駐車場になっている。1階には広い映画館のような会場がある。白のスクリーンがあり、自社の飲料製造工程などが見れるようになっていて、入社式が行われた会場だ。そしてロビー、総合受付、資料室がある。 2階は広い食堂とコンビニ、3階は営業部オフィス、4階は開発部オフィスと試作室、5階はマーケティング部オフィスと会議室、最上階の6階は社長室と秘書室があり応接室もある。 和奏が配属された営業部は、大きく分けて2つある。水やお茶、清涼飲料水といわれるアルコールを含まないソフトドリンクと、日本酒、ビール、酎ハイ、ウイスキーなどのアルコールを扱う営業だ。 和奏はアルコールを扱う営業側で、オフィスの向こう半分がソフトドリンクの営業だという。 (インコンはアルコールのCMをしている。希望を出しておいてよかった…) 「お待たせしました。デミグラスソースです」 店員が両手に大きな皿を持ちそう言うと、和奏は小さく手を挙げた。和奏の前にトロトロ半熟卵にデミグラスソースがたっぷり乗ったオムライスが置かれる。 「こちらホワイトクリームソースです」 そう言って大神の前に皿を置く。 「ごゆっくりどうぞ」 勘定票を裏返して置き、そう言って一礼した後、店員は厨房へ戻って行った。 「じゃ、取りあえず食べよう」 「はい。いただきます」 和奏は手を合わせて言った後、カトラリーケースからスプーンを取る。それを見た大神はフッと笑い、自身も手を合わせて「いただきます」と言いスプーンを取った。 「何ですか?」 「いや……えらいなぁと思って」 「えらい?」 「うん。「いただきます」って、ちゃんと言うんだなと思ってさ」 「あぁ…」 「1人で食事をしてると、言わなくなるなぁ……久しぶりに聞いた気がする」 「そうなんですか? 私は口癖のように言っちゃいますね…」 「ふふっ、いいんだよそれで。それが正しいんだから」 「はい」 「ん…」 「えっ?」 「ひとくち食ってみな。美味いから」 大神が皿を少し和奏に近づけて勧める。和奏は大神の顔を見て言う。 「じゃ、ひとくち、いただきます」 「ふふっ、どうぞ」
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