遠い存在

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まだ手をつけていない大神のホワイトクリームソースのオムライス。そっとスプーンでひとくち大に切り、すくってそのまま口に入れた。 「どう? 美味いだろ?」 トロトロ半熟卵とホワイトクリームソースが合わさって、まろやかで優しい味がする。 「美味しい…」 「だろ?」 大神は満面の笑みを浮かべて言い、持っていたスプーンをオムライスに突き立て、大きく切り分けすくって口に入れる。口を動かしながら、時折笑う。 「うっまぁ!」 「ふふっ……美味しそうに食べますね」 「そう? まぁ、美味いからな。ほら、工藤さんも食えよ。時間なくなるぞ」 「あ、はいっ」 和奏は目の前のデミグラスソースのオムライスをスプーンですくい、口に入れる。デミグラスソースが奥深い味がして、半熟卵を豪華にしてくれているような気がする。 「このデミグラスソース……」 「美味いだろ? きっと5種類の中で一番、手間と時間がかかってるだろうな。それを食べた時、俺、ずっとそればっか食べてたな…」 「ふふっ、美味しいです。ほんとに…」 和奏はゆっくり味わいながらオムライスを完食し、食後のコーヒーを飲みながら大神に訊く。 「あの大神先輩…」 「ん?」 「何かで聞いたんですが、インコンが自社に挨拶に来たっていうのは、本当ですか?」 噂で聞いただけで本当かどうか定かでなかった。もし本当なら、律に会えるチャンスが格段に上がる。 「あぁ、うん、来るよ」 「っ! !」 「インコンはウチのお酒のCMに起用しているから、新作のお酒が出来た時は、挨拶も兼ねて試飲しに来るよ」 そう聞いて、和奏は嬉しくてジワリと涙を浮かべた。 「えっ……工藤さん?」 涙ぐんだ和奏を見て、大神が驚き声をかける。 「あ、いえ、すみません。噂は本当だったんだと思って…」 「ふふっ、本当に好きなんじゃん! インコンの事」 「あ、いえ…」 「ふふっ、いいよ隠さなくて」 「はい。実は……ファンです…」 「はははっ、やっぱり。詳しいもんな。でも、仕事とプライベートは分けてくれよ。それだけは頼む」 「はいっ」 「もう1ついい事、教えてあげようか?」 「えっ、もう1つ?」 「試飲でインコンが来た時、社長をはじめ、開発部の製造者、マーケティング部と営業部の主要メンバーは同席出来るんだ」 「同席って……一緒に試飲をしたりするんですか?」 「あぁ、お酒の感想を訊いたり、営業部がどう売り出すかを話して、CMでアピールするポイントとかを話したりする」 (それって……インコンと話せるって事…?) 「……主要メンバーって…」 恐る恐る和奏がそう尋ねると、大神はニヤリと笑って言った。 「俺、一応主任だから、主要メンバーだよ。ふふっ」 驚いて和奏は言葉を失い、口を開けたまま大神を見ていた。大神は和奏の様子に腹を抱えて笑う。 「はははっ! 次の新作の時、工藤さんも呼んでやるよ」 サラッとそんな事を言う大神。 「えっ! !」 とっさに大声が出てしまい、慌てて和奏は手で口を塞いだ。 「でも、さっき言ったとおり仕事だから、それだけは忘れないように」 「は、はいっ」 「サインくらいはもらえるかもな」 笑顔で大神はそう言うが、和奏は確実に会える喜びを噛み締めていた。 (律に会える……会えるんだ…) 和奏が高校2年生で17歳、律が大学2年生で20歳。それ以来会っていない。実に5年の月日が経っていた。
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