月下美人

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「どう?」 白衣を着た女性医師が部屋に入って来て、椅子に座り真剣な様子で顕微鏡を覗いている、同僚の男性医師に英語で尋ねる。ここはアメリカニューヨーク州にある総合病院の研究室。 「あぁ、いいね。分裂し始めた割球(かっきゅう)の大きさも均一で綺麗だ」 男性医師が顕微鏡を覗きながら笑みを浮かべる。 割球というのは、受精卵が二細胞期から胞胚(ほうはい)期まで卵割(らんかつ)を繰り返して生じた細胞。 形態的にまだ分化をしていないものをいう。簡単にいえば、受精卵が細胞分裂をし2個、4個と分裂を繰り返している細胞の事だ。 「うそっ、ほんとに?」 声を少し弾ませる女性医師。男性医師は顕微鏡から離れ、女性医師に席を譲り、女性医師が顕微鏡の中を覗く。 2人が顕微鏡で見ているものは、体外受精の1つである顕微授精で卵子と精子を受精させた受精卵。 「ほんとだ……綺麗。これならいけるわ」 「あぁ、今度こそ、彼らにいい報告が出来るぞ」 「えぇ……よかった……何度も失敗して…」 これまでの苦労を思い出し、涙を浮かべる女性医師。顕微鏡から離れ、男性医師と向かい合い零れる涙を拭きながら話す。 「ほんとに何度も挑戦して、彼女は「今回を最後にする」って言っていたから……本当によかった…」 「そうだな。今までは割球が上手くいかず、こんなに綺麗な状態にならなかったからな…」 「うん…でもどうして…最後にこんな綺麗に…」 女性医師は、少し不思議そうに顕微鏡に視線を向ける。 「まぁ…よかったじゃないか。きっと彼らも喜ぶよ」 「えぇ…」 男性医師にそう言われ、女性医師もようやく笑顔を零した。 数日後、培養された受精卵は母親の子宮へ移植され、無事着床した。夫婦は泣いて喜び、何度も研究室の医師達に礼を言った。あとは無事に生まれてくる事を願うだけだと、夫婦をはじめ研究室の誰もが思っていた。 だが…。
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