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「あ~、疲れた。今日の講義終了」。
静夫はひとつ伸びをして、携帯のlineを開いた。
“ちょっと具合悪いから、先に家に帰ります。”
時間を見ると2時間ちょい前だ。
静夫は慌てて家に向かった。
今朝、少し風邪っぽいとか言ってたな、
そういえば。
熱が出て来たのか?
とにかく、一度帰って様子を確認してからだ。
寝ているかもしれないと思い、呼び鈴を押さずに、合鍵で潤子の部屋に入った。
カーテンも開けたままで、電気もついていない。
灯りを付けてカーテンを閉め、寝室に
「潤、寝てる?」と声を掛けて入ると、
潤子の荒い呼吸が聞こえた。
急いでベッドに駆け寄り、常夜灯をつけた。
「潤、どうした?苦しいの?」
「過呼吸になっちゃって…、
薬、引き出しにあるからちょうだい。」
「袋に入ってるやつ?」
「そう。一粒ちょうだい。」
「すぐ水汲んでくる。」
「起きられる?起こすよ。はい、薬。水。」
「ありがとう。
30分くらいで落ちつくはずだから…。」
「背中苦しくない?さすろうか?」
「ううん、大丈夫。それより、手…」と差し出すので、
「大丈夫だよ。側に居るよ。」
と握りしめた。
安心したのか、薬が効いてきたのか、
間もなく呼吸が静かになりスースーと寝息が聞こえてきた。
額に手を当てると、冷や汗なのか熱はないようだがしっとりと濡れている。
首筋に触れてみると、やはり汗をかいたようで冷たくなっている。
着替えさせた方が良いのだが、着替えの仕舞ってある場所が分からない。
潤子が眠っているのを確かめて、
急いで自分の部屋へ行き、
Tシャツを2枚と薄い部屋着のズボンを持って戻った。
急いで上半身に着ている物を脱がせ、
Tシャツを二枚着せた。
静夫と潤子は身長差がだいぶあるので、
Tシャツだけでひざまで隠れた。
それから、下半身に着ている物を脱がせ、
部屋着のズボンをはかせ布団を掛けてやった。
あまりまじまじと見てはいけないと思い、
脱がせた物は、そのまままとめて洗濯置き場に置いた。
着替えてさっぱりしたからか、
潤子はまたスヤスヤと眠っている。
よほど疲れが溜まっていたのだろう。
眠っているのを確かめて、台所に行き、
お粥を炊くことにした。
潤子の炊飯器にも“お粥モード”があるはずだ。
米をカップ1入れて“全粥”の水を入れ、
お粥モードのスイッチを入れた。
そこまでやると少し気持が落ちついたので、インスタントコーヒーを淹れ、
寝室に戻った。
潤子の寝顔を眺めながら、
ゆっくりとコーヒーを飲む。
これを機に、一緒に住む提案をしようと、
静夫は心に決めた。
「んんん…、静ちゃん?」
「目が覚めた?気分は?」
「うん、大丈夫。
眠れたから、楽になった。」
「起きる?
もう少しでお粥が炊けるよ。」
「喉が渇いた。
冷蔵庫にルイボスティーがあるから、
コップに入れて温めて持ってきてくれる?」
「分かった。少し待って。」
「じゃ、起こすよ。
はい、お茶。」
「ありがとう。温かくて、おいしい。
着替えさせてくれたんだね。」
「ゴメンよ、勝手に。
結構汗かいて、身体が冷えてたから。
常夜灯しか付けてないから、急いで着せたし…あんまり見てないから…」
「着替えの場所、分からないから困ったでしょ。後、薬のことも話してなかったし。心配させてゴメンね。
前に何度かパニック発作になったことがあって、お薬は用心のために日本から持ってきてたの。
あのストーキングされてた時もなりそうになって、だから、家から出ないで、オンラインで講義受けてたの。
静ちゃんが来てからすっかり安心して出なくなったから、話すのすっかり忘れてた。
やっぱり、疲れてたりすると、何かのきっかけに発作が出るんだね。
ちょっと風邪っぽくて気持ち悪いから早退したんだけど、その時はそれほど酷くなくて、家に帰ってトイレに行ったら急に吐き気がして、そしたら、動悸がして呼吸が荒くなってきて、薬取りに寝室に行ったら、そこから動けなくなっちゃって。」
「そうか。発作って、急になるんだね。
あ、お粥が炊けたみたい。食べる?」
「うん、ありがとう。
テーブルでいただくから、よそっておいて。
その前に、下着つけてくるね。
もう、歩けるから、大丈夫。」
「お腹の具合は?何で吐き気がしたのかな?」
「今はなんともないの。
コーヒー飲みすぎたわけでもないし、食べ慣れないものを食べたとかもないし、お腹も痛くないし、分からないの。
たぶん、精神的なものなんだろうね。」
「ちょっと前だけど、
交流会で榊原に会ったせいかな?」
「ないとは、言えないわね。
あの人には、かなりメンタル削られたから。」
「メンタル削られたといえばさ、
潤子、一軒家を借りないか?
今回みたいな事があるとさ、俺のメンタルが持たないから。
もちろん大学に歩いて行ける所に。
留学期間も延びたし、実は、新しいビジネスを始めてて、少し稼げたんだ。
一軒家ならお互いのスペースと仕事用のスペースも取れるから、一緒に住んでも、自分のペースが守れるだろ?
勉強の邪魔は絶対しないから。」
「そうだね。
ほんとうは、トロントじゃなくて、
ここを終了して、大学を卒業してからにしたかったんだけど、一緒に住むのは。
私、アメリカの大学に行きたいの。」
「アメリカの大学?」
「うん、スタンフォード大学」
「マジ?アメリカでも最難関の大学じゃないか。そこに留学したいの?」
「うん。難しいのは分かってる。
でも、チャレンジしてみたい。
西教授という方がいて、アメリカの公文書にある太平洋戦争の記録なんかを研究されているの。
最近、機密文書だった物が色々公開されているでしょ。それと、スタンフォード大学には、色々と記録が残されているらしくて、そういう物を発掘して、アメリカから見た太平洋戦争を研究しているの。
私、西教授の研究室で学びたいの。」
「もし、行くとなれば、今度は長期になるよね。」
「だから、もし一軒家を借りるとか一緒に住むなら、スタンフォード大学に行けるかどうか決まってからにしたいなと思ってたんだけど、
また、今回みたいな事がないとは言えないしね。
短期で借りられる所ってあるのかしら?」
「もし見つからなければ、俺の部屋の方が広いから、上の部屋にふたりで住めばいいよ。潤子の部屋は俺の仕事部屋兼勉強部屋にすればいい。」
「そうね。そうしましょう。」
「それと、もうひとつ約束して欲しいんだけど。」
「なに?」
「大学を卒業したら、アメリカに留学したとしても、どこか別の大学院に進学したとしても、書類上の夫じゃなくて、ちゃんと夫婦として暮らそう。
でないと、俺がもう、限界だよ。」
「ゴメン。男性の方が辛いよね。
今まで静ちゃんの優しさに甘えてた。
大学卒業したら、静ちゃんのご両親にも挨拶に行って、結婚式はしなくて良いから、家族で食事会でもして、
けじめつけよう。」
「結婚式してもいいんだよ。
潤のウエディングドレス姿も見たいし。」
「それなら、写真だけ撮ろう。
式をするとなると、色々大変だもの。
たぶん、そんな時間はないから。
でも、静ちゃんのタキシードもきっと素敵だから、写真は撮りたいかも。」
「えっ?俺のタキシード姿、
他の女性に見せたくないって事?」
「そりゃね。
自慢したい気持ちもあるけど、勿体なくて独り占めしたい方が勝ってるかな。」
「そんな事、真面目な顔をして言う?」
「だって、ほんとだもの。」
「潤、可愛すぎるだろう!」
おわり
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