見つけた

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社員は既に皆帰り、今日もひとりで残業をしていた。 冷え込んできたな、と思って窓の外を見ると、雪が降っている。 この降り方だと、朝までには積もるに違いない。 仕事はまだ残っていたけれど、昨日も徹夜で会社に泊まり込みだったから、 今日は、もう帰ることにした。 バスに乗ると、ラジオの音声が流れていて、高校生の頃流行っていた懐かしい曲がかかっていた。 あの頃、クラスメートがこの曲が好きでよく聞いていたな、と思い出しながら音楽に耳を傾けていると、誰か小さく口づさんでいる… 斜め前に座っている、大学生位の女性だった。 髪型は違っていたけれど、この曲が好きだったクラスメートに似ている気がした。 その人をじっと見詰めた。 なぜだか、目が離せなかった。 すると、彼女が振り返った。 目が合って、思わず同級生の名前を言った。 「近藤美世さん?」 「いいえ、違いますが…。」 「失礼しました。 昔の同級生に似ていらしたので。 つい…」 「そうですか…」 そういうと、その女性は前を向いてしまった。 懐かしいような、胸が締め付けられる気がした。 次のバス停が近づくと、その人は降車ボタンを押して、バスを降りていった。 僕も慌てて立ち上がり、バスを降りた。 その人を行かせてはいけない気がした。 何故かは、わからなかったけれど。 その人を追い掛けて、声を掛けた。 「あの…」 初めて逢った人に声を掛けるなんて、 ナンパと思われるだろう… でも、声を掛けずにはいられなかった。 「はい?」 その人は、振り返って 不思議そうな顔をして立ち止まった。 「何か…?」 「あの…、急に声を掛けてスミマセン。 怪しい者じゃありません。 僕はこういう者です。」 と会社の名刺を差し出した。 「もし、良かったら少しお話出来ませんか? 高校のクラスメートにとても似ているので、気になって…」 本当は、それだけじゃなかった。 でも、それしか引き留める理由がなかった。 「あ、スミマセン。失礼しました。 急に声を掛けるなんて怪しいですよね。 お急ぎでしょうから、お引き留めして申し訳ありませんでした。」 頭を下げて立ち去ろうとすると、 「あの、…少しなら30分位なら… 大丈夫ですけど…」 なぜ、そんな返事をしたのだろうと、自分で思った。 いつもなら、そんなことをしたことなどないのに…。 断ってはいけない気がした。 というより、逢いたかった人に逢えたような、そんな気がしたのだ。 不思議だけれど。 すぐそこに喫茶店があったので、 そこにふたりで入った。 飲み物を注文すると、しばし沈黙が訪れた。 「さっき…」 「はい?」 「さっき、歌を口づさんでいましたよね。 古い曲なのに。」 「ああ、昔、子どもの頃、祖母の家に住んでいた時があって、その町にあるレコード屋さんでよく流れていたんです。 その頃、私のことを可愛がってくれる、 とてもカッコイイ高校生のお兄さんがいて、そのお兄さんがよくそのレコード店に通ってました。 そのレコード屋さんは、そのお兄さんの同級生の叔父さんがやっているとかで。」 「ひょっとして、お祖母さんの家って、仙台?」 「そうですけど…」 「小学校の近くのお店の前にあるゲーム機でよく遊んでた?」 「ええ。」 「君の名前、半田潤子?」 「そうですけど…、 まさか、波木のお兄さん?」 さっき渡された名刺を見ると “代表 波木静夫”と書かれてある。 「どこかで見たことがある気がしたけど、まさかあの小学生の潤子ちゃんか! すっかり美人になったから、わからなかったよ。」 「お兄さんは、相変わらずお口が達者なんですね。」 「お世辞じゃないよ。 小学生の時も可愛かったけど、綺麗になった。 今、大学生?」 「2年生です。」 「そっか。じゃあ、彼氏に謝っておいて。昔の知り合いと偶然会ってお茶しただけで浮気じゃないって。」 「なんでですか?」 「だって、彼氏いるでしょ。大学生なら。」 「いませんよ。 勉強が結構忙しいし、今日みたいに声掛けられたりしませんから。 掛けられても、断りますしね。 さっき誘われたとき、なんで断らなかったのか、自分でも不思議だったんです。でも、理由がわかりました。」 「理由って、なに?」 「私、昔お兄さんに片想いしていたんですよ。お兄さん、凄くモテたでしょ。 私は、子どもだったし。遠くから見ているしかなかった。 だからきっと、声を掛けられたときお話したいなって思ったんでしょうね。 まさか、昔憧れてたお兄さんとは思いませんでしたけれど。」 「じゃ、今は付き合ってる人いなくてフリーなんだ?」 「私、見た目はどう見えてるのか分かりませんけど、一途なんです。 天秤にかけるとか、試しに付き合ってみるとか出来ないんです。 だから、今だけじゃなくて、お付き合いしたことないです。片想いばかり。」 「ほんとに? でも、申し込まれたことはあるでしょ?」 「ええ、まぁ。何度か…」 「でも、断ったわけ?」 「そう…ですね。 一緒にいて、話していて楽しくないのに、取りあえず付き合ってみるなんてできないです。 友だちには、頭が固いって言われますけど、性格なんで。」 「そっか…」と腕を組んで考える。 「そうするとさ…、今久しぶりに会ったばかりで、もし僕が交際を申し込んだら、軽いやつって断られるのかな?」 「そんなことは…ないです。 今まで交際申し込まれても付き合わなかったのは、たぶんお兄さんより素敵な人がいなかったから、だとも思うし…。」 「ほんとに?」 「そう自覚してたわけじゃないけど、今考えると、そうかも、と…思ったんです。」 「じゃ、僕と付き合わない?」 「お兄さんこそ、彼女さんがいるんじゃないんですか? 相変わらずカッコイイし、会社の代表?若いのに偉いんですね。」 「偉くはないよ。仲間と立ち上げた小さい会社だし、この歳まで“約束の人”が現れるのを待ってたから、 付き合ってる人もいないし。 だから、さっき君を見つけて思わず後を追い掛けたんだ。見失ってはいけない気がして。」 「“約束の人”?運命の人じゃなくて?」 「“運命”って言葉が、好きじゃないんだ。 誰かに決められて、変えられない、 みたいに感じるから。 いつかは分からないけど、前世とかに、 “また、必ず出逢って一緒に過ごそう”と約束した人がいるって信じてた。 その人と出会うのを待ってたし、探してた、と思ってる。 友だちはたくさんいたよ。告白も結構されたし。仲間として楽しく過ごすことは出来ても、 心がトキメク人はいなかった。 でも、さっき君を見つけて胸が高鳴って、締め付けられるような感覚がした。」 「こういう時、なんて言ったらいいかわからないんだけど…、私も勉強も忙しいし、就職活動とかもこれからあるし、お兄さんも波木さんもお仕事が大変そうだし、会う時間も中々取れないと思うの。 でも、これきりじゃなくて、またお話ししたいし、会いたいし、なんて言うべきなのかしら?」 「付き合おう。 会えなくても携帯もあるし、電話で話せなくてもメッセージすればいい。 違う?」 「そうね。会う時間は取れなくても、繋がる方法はたくさんあるものね。 私、こういう事に慣れないから、我が儘言ったり、淋しがったりするかもしれないけど、それでもいいですか?」 「僕だって、歳はくってるけど慣れてないのは一緒だよ。気持ちがすれ違ってケンカになることもあるかもしれないけど、少しづつお互いのことを知っていこう。」 連絡先を交換し合って、 ふたりはその日から恋人になった。 おわり
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