離れない

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離れない

静夫と潤子が交際を始めて半年。 互いに忙しく、 会えるのは月に一度か二度。 それでも、毎晩テレビ電話で話すか、 lineのやり取りをするのが日課なっている。 こんなこともあった…。 「もしもし…、あ、ゴメン、静(せい)ちゃん。 机で寝落ちしてた。」 「やっぱりそうか。 lineに既読もつかないし、返信もないからそうじゃないかと思って電話した。 机でうたた寝なんかしてると、 風邪ひくぞ。 今日はもう勉強終わりにして、 ちゃんとベッドで寝ろよ。 身体壊したら元も子もないだろ。」 「うん、分かった。そうする。 お休み、静ちゃん。」 「お休み、潤。」 ある日、珍しく早い時間に静夫から潤子にlineがあった。 “今晩、1時間位会えないかな? いつもの喫茶店か、どこかで食事してもいいし。 連絡待ってる。” “連絡ありがとう。 私も今日会いたかったの。 連絡しようと思ってたんだ。 話したいことがあるの。 いつもの喫茶店で19時でいい?” “OK じゃ、19時に。” 潤子が店に着くと、静夫が既に待っていた。 「お待たせ。」 「俺もついさっき来たところ。」 「お腹空いちゃったから、何か食べようかな? 静ちゃんも食事まだでしょ?」 「うん。先に注文しようか。 スミマセン!注文お願いします! 僕は、生姜焼き定食で。潤は?」 「私は、う~ん、ナポリタンで。」 「セットにするとサラダと飲み物付くんでしたよね?」 「はい。」 「じゃ、ふたつともセットで。飲み物はコーヒーでいい?」 「ん。ホットでお願いします。」 「畏まりました。お飲み物は、食事の後でよろしいですか?」 「はい。」 「では、お待ち下さいませ。」 「静ちゃん、話があるんでしょ?何? 静ちゃんから会いたいなんて珍しいもの。」 「話もあるけど、会いたかった。 ほんとはもっと会いたいの、これでも我慢してるんだけど。 勉強の邪魔したらいけないから。」 「ほんとに? 普通は彼女が言う台詞なのにね。 『私と仕事どっちが大事なの?』って。」 「俺の仕事は、忙しいけど、時間の都合はつけやすい仕事だからね。 潤の都合に合わせてた。 凄く勉強頑張ってるから。 潤も話あるんだろ?」 「うん、でも先に静ちゃんの話して。」 「引っ越そうかと思って。 会社の事務所は畳んで、今より少し広い部屋を借りようかなって。 潤の家の近くか大学の近くに。 そうしたら、もう少し会う機会も増やせるかなと思って。どっちにするかは、 考え中。」 「お仕事はどうするの?」 「元々ネットビジネスだから、 ほんとはオフィスはいらないんだ。 だけど、学生からすぐに始めた人もいたし、社員教育のためとオンとオフのけじめを付ける意味とかそんなんで事務所を置いてたけど、 皆それぞれ仕事が軌道に乗ったから。 必要な時は、オンラインで打合せは出来るからね。経費節減にもなるし。」 「そっか…。 そしたら、大学の近くにしてもらってもいいかな?」 「いいけど、家の近くはいや?」 「ううん、そうじゃないの。 あのね、私交換留学生の試験に合格したの。1年間カナダに行く。 だから、今なら家の近くより大学の近くの方がいいかなって。 ゴメンね、相談しないで試験受けて。 自信なかったから、合格したら話そうと思ってたの…。行くの、反対?」 「そんなことないよ。おめでとう。 難しいんだろう?その試験って。頑張ってたからね。努力が実って良かった。」 「でも…、あんまり喜んでなさそうに見えるのは、気のせい?」 「潤の夢が叶っていくのはうれしいんだ。ただ…ゴメン、素直に喜べなくて。 不安なんだ。」 「1年離れてたって、他の人を好きになったりしないよ。勉強しに行くんだもの。」 「そうじゃなくて…。 こんなこと言ったら驚くかもしれないけど、行くのなら結婚しよう? 一緒に住むのは、先でいいから、大学卒業して、仕事が軌道に乗ってからでいいから、籍だけいれよう?ご両親にも挨拶に行く。ダメ、かな?」 「嬉しいけど、どうして?」 「こんなこと言うと、不吉と思うかもしれないけど、もし潤に何かあったら、家族じゃなかったら連絡が来ないんだよ。 問い合わせたって、家族じゃなかったら教えてもらえない。 急に携帯が繋がらなくなったら、恋人だといっても何もできないんだ。 だから…」 「それが、不安だったのね。」 「それは、日本に居ても同じだから、 ご両親には、近いうちに挨拶には行こうと思ってた。 同級生にいたんだよ。 付き合っていて、婚約してるんじゃないかって噂もあるくらい仲の良いカップルで、親も公認だった。 彼女が劇症肝炎になって、亡くなったんだ。両方の親が交際を認めてたから、彼氏は最期にも立ち会えたし、葬儀の時も親族の側にいた。 もし、両親に紹介してなかったら、 ただの同級生として見送るしかなかったと思う。」 「残された彼はどうしてるの?」 「最近、やっと別の女性と付き合いだしたよ。10年かかった。 それも『もう、充分だから、自分の人生を生きて』って、彼女のご両親に背中を押されて、やっとね。 彼は、闘病中付き添いをしたり、最期も見送って、出来ることは全部しても10年かかったんだ。 もし、潤と突然連絡も取れなくなったら、 俺は耐えられないかもしれない。 一生引きずってしまうかもしれない。 こんなこと言われるの、重くて嫌かな?」 「ううん。 合格して舞い上がってたから、 そこまで考えてなかった。 ただ、しばらく会えないけど、今までだってしょっちゅう会えてたわけじゃないし、そんなに変わらないと思ってたの。」 「実は、昨夜夢を見たんだ。潤が離れていく夢を。 それで、会いたくなったし、 その同級生の事を思い出した。 俺も、忘れてたんだ。 ご両親に会わせてもらえるかな?」 「うん、両親に話しておく。」 「入籍の事も、話していい?」 「話して。それから、引っ越すなら、 やっぱり家の近くにして。 私がいない間、家を訪ねて欲しい。 私、家を離れるの初めてだし、 両親も淋しいと思うから。」 おわり
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