追いかける

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潤子が留学してひと月。 静夫は潤子の両親を訪ねた。 「あら、静夫さん、いらっしゃい。 どうぞ、上がって。」 「お休みの日に突然お伺いして、 申し訳ありません。」 潤子の父がやってきた。 「やぁ、静夫君、潤子はちゃんと君には連絡してきてますか? 私には何度かメール来ましたけどね、 女房は電話の方がいいと言って。 でも、時差があるからなかなか話せなくてね。」 「僕の所には毎日lineが来ます。 “おはよう”と“お休み”だけの日も多いですけどね。それだけは、毎日する約束しましたから。」 「まだひと月だからね。ようやく落ちついた頃だろうかね。 で、今日は、これから出張か何かかな? キャリーバッグが玄関にあったが。」 「実は、お話していませんでしたが、 僕も潤子さんと同じ大学のビジネス英語研修コースに留学することにしました。 今日これから出発します。 そのご挨拶に来ました。」 「まぁ、ほんとに?」 「はい。元々、会社の事務所を畳んで住まいも引っ越す予定で、身辺整理をしている時に、潤子さんから留学の話を聞いたんです。 それで、僕もビジネス英語を学び直したいと前々から考えてはいたので、行く事に決めて、仕事の引き継ぎなどをしていました。」 「お仕事は、辞めて?」 「いえ、僕の仕事はネットビジネスなので、場所はどこでもできるんです。 ただ、どうせ行くなら勉強に集中できるよう、僕でないとダメなクライアントさん以外は、仲間に引き継いでもらいました。 収入が減る分を補う、手を掛けないでも利益が上がる仕組みも準備していたので少し時間がかかりました。 ネットビジネスはアメリカが先端を行ってますから、翻訳を待たないで英語のビジネス書を読めれば、この先の仕事に役に立ちます。」 「そうか。 しかし、思い切ったものだね。」 「籍は入れて、潤子さんと夫婦になりましたけど、もし何かあったら直ぐに飛んではいけませんよね。 だから、やはり側に居たいのです。 でも、向こうで一緒に住むとか、 彼女の勉強の妨げになることは致しませんので。 入籍前にお話したとおり、大学を卒業するまでは、学生としての本分が変わるようなことは致しません。 そこは、お約束いたします。 それと、書類の上での夫婦ではありますが、入籍した以上彼女の学費や生活費は今後私が負担させていただこうと思っています。」 「静夫君、それは申し訳ないが、辞退させてもらえないだろうか? 親バカで恥ずかしいのだが、ひとり娘を嫁に出すのはまだ忍びない。 実際、もう入籍しているのにおかしいかもしれないが、まだ家の娘だと思っていたいんだ。子離れ出来ていないんだよ。」 「分かりました。それでは、その件は、 また別の機会にご相談いたします。 慌ただしくて申し訳ありませんが、 飛行機の時間があるので、私はこれで失礼いたします。 向こうに着きましたら、ご連絡致します。」 静夫は、カナダに旅立った。  🍀🍀🍀 ピンポーン。 インターホンのカメラの前に立ち、 顔を近づける。 「えっ、うそ!静ちゃん?」 潤子の声がして、ドアが開いた。 「来てくれたの?」 それだけ言うと、潤子の目から涙がポロポロと零れた。 「会いたかった…」 そして、静夫に抱きつくと、おいおいと声を出して泣き出した。 静夫は優しく潤子の背を撫でながら 「もう、大丈夫。大丈夫。」と言った。 「ん。ゴメン、中に入って。 靴のままだとゆっくりしないから、 日本式に家の中ではスリッパにしてるの。 ここで履き替えて。」 とスリッパを並べた。 「潤、荷物ここでいいかな?」 「うん、取りあえず、そこでいいよ。何か飲む? ルイボスティー、大丈夫だっけ?」 「ありがとう。大丈夫だよ。 それより、何かあったんじゃない? そっちの方が気になるから、とにかく座って。」 「じゃ、お茶は後で、お水でゴメンね。」 「何があった?困ってるんだろう? 潤らしい元気がないよ。」 「どうしたらいいか、分からなくて。 こっちの大学の中に、K大学(潤子の在籍大学)の事務所があるの。 そこに、チューターっていう、留学生の世話をしたり相談に乗ってくれる人がいるんだけど、その人からストーキングされてるっていうか、セクハラまがいのことをされていて、困ってたの。」 「その、事務所の責任者には話したの?」 「話したんだけど、らちが開かないって言うか、分かってもらえないって言うか。 まだ、自分ではよく分からない手続きとかもあって、そのチューターに会わないわけにはいかないし、でも、買い物とかプライベートのことは自分でするからと断っても付いてこようとしたりされて、正直気持ち悪くて。 勉強が手に付かないの。 K大学の学生課にもメールしたんだけど、現地の事務所に相談して下さいって。 こっちの大学の職員じゃないから、 大学や警察に相談できないし、困ってたの。」 「分かった。そのことは、僕に任せて。 顔を見に来たんじゃなくて、僕も同じ大学の語学研修コースに入学するために来たんだ。 住まいや仕事を片付けるのに時間がかかって遅くなったけど、上の部屋を借りたから。」 「ほんとに?お仕事は大丈夫なの?」 「言ったろ?ネットビジネスだから、どこにいてもできるって。 時差があるから、僕じゃなきゃダメという人以外は、仲間に頼んできたけど。 その代わり、勉強に打ち込めるよう、別の収入の仕組みも準備してきたから。 蓄えもそこそこあるしね。心配御無用。 入籍したからって、潤に主婦をさせるつもりはないから、お互いに勉強専念しようね。 ネットビジネスは、アメリカが本場だから、英文のビジネス本を読めるようにビジネス英語をしっかり学び治したいとは思ってたんだ。でも、なかなかきっかけがなくて、先延ばししてた。 離れていたら、やっぱり潤が心配だし、潤から留学の話を聞いてから準備を始めてたんだ。 黙っていてゴメンよ。 ご両親にも会って、話してきたから。」 「ありがとう。自分でちゃんとするって言ったのに、考えが甘かったのね。 試験を受けて大学の代表として来ているし、奨学金もあるし、嫌だからって帰る訳にもいかないし…」 「そこを、つけ込まれたんだね。 でも、いままで何も問題なかったのかな?」 「女子は、3か月とか半年の短期留学が多いし、男子学生からは面倒見が良いって評判が良いみたいなの。 でも、来る前に変な噂を耳にしたの。 今のチューターに変わってから、 短期留学から帰った女子学生が、 恋人と別れることが多いって。 チューターが気に入った子は、世話を焼いてチヤホヤして、遊びに誘うらしい。 それを日本に居る彼氏から、帰ってから指摘されてケンカ別れするって。 まさかと思ってたのに、ほんとだったんだわ。」 「でも、苦情とかでてないのかな? なんで、そんな人を置いているんだろ?」 「大学の理事の息子らしくて、 一応大学院に籍はあるみたい。 苦情を言っても、親切にされて、友だちとして付き合ったのなら責任はないとか誤魔化されてきたんじゃないかな?」 「分かった。とにかく、潤はもうその人に関わらないで。 僕が調べて証拠を摑んで事務所の責任者に会う。 それでも改善されないなら、大学に直接掛け合うから。 潤は、心配しないで勉強に専念して。 じゃ、自分の部屋に行くね。 ちょうど、不動産屋が来る頃だから。」 「もう、いっちゃうの? せっかく会えたのに…」 「僕だって、今日くらい一緒に居たいんだよ。夜ひとりにしたくないし。 でも、男だからね、僕も。理性を総動員しても、手を出さない自信はない。 でも、何かあったら、いつでも直ぐ呼んで。 潤が第一優先だから、ここまで追いかけてきたんだ。 万が一、潤を失ったら、僕は生きていける気がしない。 ひと月がどんなに長かったか、わかる?」 「うん、ごめんなさい。つい、甘えちゃって。 今までの分を取り返さなきゃ、ね」 おわり
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