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イリョネンテ鉱石を発見してから、二年。
時間旅行に耐えうる“ホウユウ金属”を発見したことで、自分達の研究は飛躍的な進化を遂げていた。ホウユウ金属でタイムマシンを作れば、人間を安全に過去の世界に送ることができる。あとは、この金属の強度をさらに上げ、大総統が快適に時間旅行を楽しむことができる乗り物を設計するだけだ。
A国初。そして世界初のタイムマシンが完成したのは、イリョネンテ鉱石発見から四年が過ぎてからのことだった。あの短気で我儘な大総統にしては、よくぞこれだけ長い時間耐えたものだと褒めたいくらいである。
「やりました、やりましたよお、サンユウ博士!我々はついに、やったんです!」
「ああ、ああ!これで、ようやく我らの悲願が叶う!世界初の、時間旅行だ!!」
紫色の卵のような形をしたタイムマシンは、一人乗り。もちろん、乗り込むのは大総統である。遠隔で操作して、望む過去の世界に飛ばすことになるわけだ。
「ああ、ついに朕が、朕の名が!世界に刻まれることになるのだなあ!」
ふっくらと丸い頬を興奮で汗ばませながら、大総統はひっくり返った声を上げて喜んだ。
タイムマシンを一人乗りにしたのは本人の希望あってのことだ。彼は護衛さえ、時間旅行に連れて行くのを拒んだのである。理由は“自分だけが”世界初の時間旅行成功者となるため。他の人間に、その名誉を邪魔されたくないためだった。自己顕示欲の塊、なんとも彼らしい決断である。
「タイムマシンに乗りこんだら、しっかりとベルトをお締めください」
「ふむ」
「今回は初の時間旅行ですから、とりあえず十年前に飛ぶよう設定してあります。到着したらカプセルのドアが自動で開きますのでご安心を」
「あいわかった!全てそちらに任せるのでな!」
大総統はうきうきとした足取りでタイムマシンに乗り込み、ベルトを締めた。それを確認して、僕はタイムマシンの扉を閉め、しっかりとロックをかける。これで、到着するまでは絶対に扉は開かない。大総統の安全は保たれることになる。
僕は敬礼するとリモコンのスイッチを押したのだった。
「それでは大総統、いってらっしゃいませ……世界初の、タイムトラベルへ」
そして。紫色の卵は、しゅんっ!という音と共に研究室から消え失せた。モニターには、タイムマシンの行先が表示されている。――そう、十年前ではなく、四十六億年前へ。
四十六億年前の地球には、大気はあっても酸素はない。そしてタイムマシンは、到着と同時に勝手にドアが開かれる。そんな場所に生身で放り出された人間がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだろう。
「……さようなら、大総統」
大総統は知らない。
そもそもタイムマシンは、時間を遡る機能こそ実装されていても、帰ってくる機能が搭載されていないことを。
そして僕達研究チームが軍部の命令で、無能極まりない大総統を排除するために動いていたことなど。
この国の法律では、大総統を暗殺した人間は問答無用で死刑である。だがもし、死体など絶対に上がらず、永遠にその人物が行方不明になるのだとしたらどうか。
「これで、この世界は平和になる。ふふふふ、あはははははは!」
僕は研究チームのみんなと、大総統が連れて来たSPたちと高笑いをしたのだった。
さあ、研究を続けなければ。
今度はちゃんと、帰ってこられるタイムマシンを作るために。
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