不可逆トラベル

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不可逆トラベル

 時間旅行を行う術が発見された。そのニュースは、瞬く間にA国のメディアをかっさらうことになった。  発見したのは、A国大総統直属の特別技術研究チーム。時間を遡る方法、かつタイムマシンを作る方法。全世界でも、その理論を確立させたのはこれが初めてであったという。 「素晴らしいのう、素晴らしいのう!さすが、朕が見込んだ科学者たちじゃ!」  その研究チームのリーダーがこの僕だ。  A国大総統は、多数の護衛を引き連れて自ら研究所を訪れた。A国を、というか自分の名誉と栄光を守ることを第一に考える大総統は、自分が作り上げた研究チームが世界的発見をしたことが嬉しくてたまらないらしい。  我が国のトップである現大総統は現在、大幅に求心力を失いつつあった。  カリスマ的魅力と手腕で世界を席巻した先代とは違い、その息子である現大総統はあまりにも政治的知識も、指揮官としての才も、先見の明も足りていなかったためである。  この国が力を失えば、諸外国が一気にこの国に踏み込んでくるはず。ただでさえ、世界各国は長年続くこの国の独裁政権とことあるごとに非難している。現大総統はいつ、人権問題を盾に諸外国が侵略してくるかと気が気でないらしかった。その結果、国の税金の殆どが裕福層の生活と軍事費に充てられる始末。王族貴族以外の民の生活はますます貧しくなり、治安は乱れ、よりいっそう諸外国が批判を強めるという負のループに陥りつつあった。  ようは、現大総統は――とんでもない臆病者、というわけである。 「ありがとうございます、大総統。お褒めに預かり光栄でございます」  僕は笑顔で、彼の太って脂ぎった手と握手をかわした。後で石鹸で丁寧に丁寧にこの手を洗わなければいけないなと思いながら。  本当は、こんな男の命令になど従いたくはない。自分が忠誠を誓ったのはこの国であって、無能極まりないこの男個人ではないのだから。  とはいえこの臆病者は、自分を脅かす者となれば身内でさえ容赦なく処刑することでも知られている。少し前に、長年仕えてくれた参謀一人と、その家族をハチの巣にして殺したことは有名だった。ほんの少し贅沢を窘められただけでこれである。どれだけ腹立たしくても、この国で生きていきたければ笑顔で頷き続けるしかないのだ。 「それで、のう。サンユウ。時間旅行に関してなんだがのう」  でっぷりしたお腹を揺らしながら、大総統はそわそわと言ったのだった。 「時間旅行……朕でも、できるようになるかのう?」 「興味がおありで?」 「もちろんじゃ!なんせ、世界初の試みであるからのう!」 「そうでございますか」  僕はちらり、と研究室の扉を振り返って言う。奥の部屋には、大事な大事な、僕らの新発見の原石が眠っている。 「大総統がもし、我らにお時間と相応の予算を与えて下さるのであれば……必ずや、大総統をお連れいたしましょう。夢の、時間旅行へ」
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