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中学三年の夏休み、ほとんどの生徒たちが部活を引退し、いよいよ本格的な受験シーズンに突入する。
サッカー部に所属していた涼介も、引退試合となる全国中学校体育大会サッカーの部県大会準決勝で敗退し、気持ちに区切りをつけた。
部活に入らず、もしくは、さほど部活に力を入れることなく一年生、二年生の頃から受験対策をしてきた人たちと比べると、かなり不利な状況だ。
行きたい高校は、はっきり決まっている。サッカー部が強く、県大会常連校で、全国大会にも出場したことのある県立常光高校だ。
ただし、常光高校は県内有数の進学校でもある。偏差値も高く、倍率も高い。
小学校の頃からサッカーに情熱を燃やしてきた涼介は、他のことにはまるで無頓着だった。成績は、決していいとはいえない。このままでは間違いなく不合格になる。
危機感を覚えた涼介は、近所に住む、幼馴染の香苗と翔馬に相談した。
「え? 涼介、常光高校を目指すの?」
香苗も翔馬も涼介の成績を知っているだけに、もっと偏差値の低い学校を希望すると思っていたようだ。意外だといわんばかりの香苗の横で、翔馬も目を丸くしている。
「うん。あそこ、サッカー部強いだろ?」
「涼介らしい理由だな。僕は将来のことを考えて……」
「なら私も常光高校にしようかな」
勤勉で優等生タイプの翔馬が、呆れた声を出す。それから、自分の志望校を口にしようとした翔馬に、香苗が被せるようにサラリと志望校の変更を口にした。
「は? その分、倍率高くなるからやめろよ」
「あははは。何言ってるのよ。一人増えたぐらいで倍率なんて変わらないわよ。それに私、もともと光越学園と常光高校とで悩んでいたんだよねえ。どっちも学力レベルの差はないし、だったら、気の置けない幼馴染がいる方が何かと都合いいもん」
「いやいや。お前のいう都合のいいは、荷物持ちや、忘れ物をした時に借りる相手ってことだろ?」
「あと、ボディーガード?」
可愛らしく首を傾げる香苗から、言外に「帰りが遅くなったら、一緒に帰ってね」という意味を含んでいることを涼介は察した。
「そんな理由で志望校選ぶなよ」
「えー。でも、同じ高校目指すなら、一緒に対策練られるじゃん」
涼介は「対策」の言葉に惹かれた。今までまともに勉強などしたことがない。すでに受験勉強を始めている香苗と一緒なら、効率的なやり方を教わることができる。
涼介は香苗の提案に大きなメリットを見出し、「それもそうか」と納得する。
すると、翔馬がわざとらしく大きなため息を吐いた。
「まったく二人とも。いつまでも子供なんだから……そんな単純に志望校を決めるなんて、信じられないよ」
しっかり者の翔馬が、親や教師のように小言を続ける。
「サッカー馬鹿の涼介は、自分の今の学力を考えずに高望みするし、香苗は香苗で、自分が行きたいと強く思ったわけじゃなく、友人知人がどの学校に行くかによって志望校を変更しようとするし……」
ぐちぐち言いながらも、翔馬はなんだかんだいって面倒見がいい。
「僕も第一希望は常光高校だから、二人一緒に勉強教えてあげるよ」
ふんっと鼻を鳴らし、胸を張る翔馬に、香苗が「あれ? 翔馬って……」と何かを言いかける。すると、今度は翔馬が香苗の言葉に被せるようにして捲し立てた。
「とにかく。涼介は部活ばっかりしていて、みんなよりも受験勉強に出遅れているんだ。まずは、僕たちと同じ進学塾で受験の空気に慣れておいたほうがいい」
香苗が翔馬について何を話そうとしたのか皆目見当もつかない。翔馬にうまく誤魔化された感はあるが、言っている内容は涼介が欲しかったアドバイスだ。
翔馬曰く、涼介が受験を成功させるには、部活に注いでいた情熱を、そのまま勉強に振り替えさせることが肝心だという。
これまで鍛えてきた気力、体力、そして、集中力を活かせば、挽回どころか逆転することも十分可能だと翔馬に焚きつけられた涼介は、俄然やる気が漲る。
さらに、「遅れを取り返すには、部活中心の生活から、いかに早く、勉強中心の生活になるかが肝心だぞ」とはっぱをかけられた涼介は、二人に誘われるがまま、進学塾の夏期特別講座に申し込んだ。
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