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あれから十日が過ぎた。
塾にも通い、ほぼ毎日三人で勉強会もした。
それがかえって、涼介の自信を削っていく。
「はあ……なんでみんな、あんなに頭がいいんだよ……」
塾では毎回、授業が始まる前に小テストが行われる。結果は授業後すぐに返却されるのだが、涼介の成績はまったく上がらない。
それに引き換え、もともと頭のいい翔馬は別として、香苗もめきめき実力をつけていく。
自分だけが取り残された感じがして、涼介は焦り始めた。
覚えることは多々ある。どれもこれも一気に覚えなくてはいけないという気持ちから、一つの科目に集中できない。
歴史で年号を覚えている最中に、ふと元素記号が気になって、理科の本に手を出すといったことなんて、一度や二度ではない。
勉強会中も、翔馬に「まったく暗記できてないな」と指摘された。
「俺、サッカーしか能がないし。一つランク下げれば、スポーツ推薦してくれるかもしれないから、そうしようかな」
弱音がポロリと漏れた。翔馬と香苗が困ったような顔をする。
「受験勉強をやり始めて、まだ二週間だよ? 諦めるのはまだ早いよ」
「今はまだ涼介は勉強に慣れていないだけで、もう少し続ければ結果が出てくるよ。それに、滑り止めだってあるんだから、今からランク下げるなんて馬鹿なことを考えるな」
「いや……正直言って、まったく頭に入ってこないんだ」
落ち込む涼介に、二人が口を閉ざす。重い空気が流れた。
せっかく相談にのってくれて、一緒に受験を乗り越えようとしてくれた幼馴染たちに顔向けできない。
涼介は、いたたまれない気持ちになる。
「それじゃあ……俺、もう勉強する必要ないから」
そそくさと退散しようと立ち上がれば、香苗が「だったら私もランクを下げる」と言いだした。
「は? それは駄目だろ」
「どうして?」
「だってお前の成績なら常光高校に合格できるだろ」
「で、でも、私って人見知りするところがあるでしょ? 涼介と一緒なら何かと安心だし……同じ高校の方がいろいろと都合がいいんだもん」
香苗の頰がこころなしか赤い。目を泳がせ、もじもじしだす香苗につられ、涼介も顔が赤くなる。
微妙な雰囲気の二人に、翔馬が割って入った。
「まあまあ。香苗もあんまり感情的になるなよ。涼介は、思うように勉強がはかどらなくて、不安になっているだけなんだから。きっと勉強に集中できるようになれば問題ないよ」
穏やかな口調で香苗をなだめる翔馬に「そうだよな?」と念押しされる。
否定できない雰囲気に、涼介は頷いた。
「はあ。涼介がそんなに切羽詰まっているとは思っていなかったよ」
眉を下げ、申し訳なさそうな顔をした翔馬が、「本当は教えるつもりはなかったんだけどなあ……」と前置きして続ける。
「僕のとっておきの勉強法なんだけどね。聞きたい?」
成績のいい翔馬の勉強法だ。聴きたくないはずがない。
「そりゃ聞きたいよ」
「聞きたい、聞きたい!」
涼介はもちろんのこと、香苗も飛びついた。
「うーん。ずぼらな香苗には無理かもしれないなあ」
「あ、ひどい」
「僕はね、毎日、夢日記を書いているんだ」
「夢日記?」
勉強法を教えてくれるといったのに、なぜか日記を書くことを勧める翔馬に、涼介も香苗も素っ頓狂な声をだす。
訝しげな目を向けると、翔馬は慌てて説明する。
その内容は、夢日記を書くことで集中力や記憶力が高まるというものだった。
「えー。私、ほとんど爆睡で夢なんか見ないから無理だわ」
「っていうか、そんなことで集中力なんか高まるのか?」
怪しむ涼介に、翔馬が鞄の中からノートを取り出した。
「これが証拠さ」
ノートは一日、二日前に購入したものではなく、けっこう年季が入っている。表紙には『夢日記』と書かれてあった。
「まじか」
「うん。このノートはもう五冊目なんだけど、夢日記を書くようになってから、本当に集中力が増したんだよ。騙されたと思って、涼介もやってみたら?」
やらずに志望校を諦めるのと、やってみて、それでも駄目で諦めるのとでは後悔の度合いが違う。
涼介は半信半疑で夢日記をはじめることにした。
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