君の知らない夏の果て

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****  カチカチカチ。  とうとう残り回数は三十八回になった。他の人に【死に戻りスイッチ】を使う暇がないほど、金川くんの運は乱気流に飲まれている。  金川くんの誰も巻き込まない場所に行きたいというリクエストに応え、ふたりで近所の海岸のテトラポットで釣りをしようとしたら、テトラポットが崩れて落ちて死んだ。  仕方がないからやり直して、「テトラポットが崩れるから行かないほうがいい」と教えたら、微妙な顔をされてしまった。 「人を巻き込まないで死ぬんだったら、それでよかったのに」 「そんな寂しいこと言わないでよ。私が悲しいじゃない」 「どうして君が悲しむの?」  金川くんの目は死んでいた。いったいどれだけ運の乱気流で、人をひどい目に遭わせてしまったんだろう。抱えなくてもいい罪悪感を抱えて生きるのは、そりゃしんどい。私みたいに人助けのためにさっさと死に戻りを選べる異常者だけじゃ、世の中は成り立たない。  私は腕を組んで、考えてから口を開いた。 「……知り合いが死んだら、悲しむのは当たり前じゃない?」 「君と僕、たまたま死にかけてるまで接点なんてなかったと思うけど」 「でもさあ。生きててなんもいいことないから死ぬって考えるには、さすがに早過ぎない? まだ人生のビッグイベント的なもの、なんもないのに」 「そんなもの、別に……」 「そうだ、もうすぐ夏祭りじゃない。そのとき私が浴衣を着てあげるから、見せてあげよう。青地に朝顔柄なんだ。可愛いよ」 「……それ、君が着たいだけだよね。それに夏祭りなんて人が多い場所には行けないよ」 「近くに行かなくっても、遠巻きに祭囃子を聞いて、私が買ってきたたこ焼きを食べるだけでもそれっぽくなるでしょう?」 「……僕、たこ焼きよりかき氷がいい」  金川くんは、少しだけ呆けた顔をしていた。  今の顔は少しいいな。私はそう思った。その日は久し振りに、運の乱気流でおかしなことは起こらなかった。 ****  残り二十一回。  お盆も終わり、あと一週間で夏休みも終わる。  酷暑で力尽きた蝉を避けつつ、私は死に戻りスイッチの残り回数を眺めていた。  さすがに毎日二回のペースで死に戻るのは私も初めてで、金川くんの運の乱気流がおかしくなっていくことに気付きつつあった。 「もしかすると。本当だったら僕の運の乱気流で起こるはずだった不幸がキャンセルされまくった結果、運が悪くなっているのかもしれない」 「うん」 「……なんで君はそうすぐ茶化すの?」  いきなり大富豪の遺産の入った圧力鍋が降ってきたと思ったら、一緒に夏休みの自由研究でつくった圧力鍋の爆弾が降ってきて、町の一角で大爆発が発生してしまった。  私は慌てて死に戻ってから、もうどちらの圧力鍋が遺産で爆弾かわからないものだから、どちらも爆発するまでに海に捨ててこなければいけなく、二回も残数を使わなくてはいけなくなった。  銀行強盗のトラックにはねられたために、警察に事前に連絡して確保しなければいけなかったり、無差別殺人事件は現行犯でなければ取り押さえられないため、お帰り願うために警察官のコスプレをして歩き回り「公務員のコスプレはしない」と本物の警察官に怒られてみたり。  だんだん、金川くんの幸運関係なく、事件が起こるようになってきたのだ。  金川くんが顔を暗くする。 「……もう辞めようよ。君をこれ以上巻き込むのは嫌だよ」 「なんでそんなこと言うの……」 「僕のこと、なんとかしようとした人たちは皆離れたんだよ。家族だって、あんまり僕がおかしなことに巻き込まれるから、親戚の残した空き家に僕を置いて皆避難しちゃったんだから」 「それは……」  そんな寂しい人、ますますもって放っておけないじゃないか。  でも金川くんは、つらくなったのか、前よりも自殺の頻度も上がってしまった。 ****  残り十回。  明後日で夏休みが終わる。  とうとうひと桁が見えてきてしまった。  金川くんの運の乱気流は、だんだんただの凶運に転化しつつあるのは、私が何度も何度も彼が死なないようにやり直した分を「幸運」と見なされたために、もう不運の方に全振りしてしまったかららしかった。  現に前はお金やらお菓子やら当たりくじやらがバンバン出ていたのに、それらはなりを潜めてしまった。さすがに残り回数内で、町がゾンビだらけになる危機を、食器洗い用洗剤で解決したのは、何度も何度も死に戻っている中で読んでいたマンガの知識のおかげだった。マンガの知識万歳。  金川くんは、ゾンビの危機も突然無敵の人に襲われる危機もなんとか回避して、ぐったりとしてしまっている。 「やっぱり……僕、もうこのまんま凶運で死んだほうが」 「やめてよ。なんでそんなこと言うの?」 「……なんで君はここまで付き合うんだよ? もう充分付き合ったじゃないか」  金川くんは嫌そうな顔をして言う。それに私は答える。 「だって、金川くんだけそんな目に遭うのはおかしいよ。それに、君のせいじゃないのに君が死のうとするのなんて変だ。絶対にその凶運へし折ってやる」  絶対に彼を凶運から助け出すぞ。  気付けば私は、ほいほい【死に戻りスイッチ】を使っていたのに、もう金川くんを幸せにするってこと以外には使わなくなっていた。  それを金川くんが悲しそうな顔で見ていたことに、気付きもしないで。 **** 「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。 「……ふざけないでよ。三回で足りる訳ないでしょうが」  明日に夏休みも終わる。残暑どころか酷暑が体を鈍らせる。  その中私は頭を抱えていた。  金川くんの凶運も、極まるところまで極まってしまった。  季節外れのハリケーン。なんもかんもを薙ぎ倒していくそれに、彼の家が巻き込まれそうになり、私も助けに行こうとして死んだので、ハリケーンを避けるべく、やってくるタイミングギリギリでハリケーンの被害が出ないとされている隣町に避難することにした。  私は【死に戻りスイッチ】を見た。  四桁あったはずの数字は、とうとう三回になってしまった。どうしよう、どうやったら金川くんを助けられるんだろう。  一緒に避難先の町のコンビニでおにぎりを食べていた金川くんは、悲しげに私を見た。 「もう諦めようよ」 「……なんでそんな弱気なの?」 「だって、天命だと思うし。僕はもう充分満足に生きたよ」 「なんで? まだ私たち高校生なんだよ? それが、どうして凶運のせいで残りの人生諦めなきゃ駄目なの?」 「だって……君が悲しそうな顔するの、もう見たくないもの」  その言葉に、私の心臓はドキンと跳ね上がった。  ……正義の味方になりたかった。人助けがしたかった。女の子はそんなことする必要ないって、小さい頃からそれはもう、口を酸っぱくして言われ続けた。どうして女の子が正義の味方になっちゃいけないのかがわからなかった。でも【死に戻りスイッチ】のおかげで、それができた。  でも。私は何度も何度もやり直しても、なぜか運に見放された人に出会ってしまった。もう死にたがっているんだから放っておけよと心のどこかで思っていても、すぐに否定する。  私がそれを、認めない。認めたくない。  とうとうボロボロと泣き出してしまった。それにずっと諦観の念しか浮かべていなかった金川くんの表情が歪む。 「ちょっと……なんで君が泣くの!?」 「だって……お願いだから、お願いだからちょっとは生きようと思ってよ。私……あと三回しかやり直せないんだよ?」 「……なにが?」 「……死んだほうがマシなんて思わないでよ。私は君と一緒にいて楽しかった。君は私と一緒にいて楽しくなかったの?」  特に他愛のないことしかしてない。  夏休みはずっと一緒にいた。コンビニでアイスを食べ、当たりをもらい続けたり。海辺で花火を眺めてみたり。図書館で涼みながら夏休みの宿題をやってみたり。  死に戻ってやり直しているからといっても、この他愛ない出来事まではなかったことになってないはずなんだ。  金川くんの瞳は揺れ動いた。 「……本当に? 僕、多分これからも君を巻き込むけど」 「巻き込まれても一緒に逃げようよ。これからも逃げればいいよ」 「でも……」 「私は君のことが好きだよ。それでいいじゃない」  死ぬときは痛い。  バキバキになった骨の感触とか、いっぱい血が流れて冷たくなっていく体とか、そんなもの何回も経験なんてしたくない。好きがなかったら、我慢はできない。  金川くんは私を見てから、やっと頷いた。 「……よろしく」 「うん」 【死に戻りスイッチ】のカウンターは、これ以上は減らない。減らしちゃいけないんだ。
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