君の知らない夏の果て

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****  僕は生まれた頃から、運の乱気流がひどかった。  僕が適当に言った数字の宝くじを父さんが買ったところ、それが当たった。一等当たったなんてすごいねと家族ではしゃいでいたら、次の日家が燃えた。隣の焼き鳥屋が火を付けたまま出かけたせいで、巻き込まれたんだ。宝くじで家を直すまで、僕たちは避難しなくちゃいけなかった。  好きな子と隣同士の席になった次の日、隣の子がインフルエンザになった。僕も移り、学級閉鎖になった。その年は学級閉鎖が一番多い年だった。  僕の運の乱気流のせいで、だんだんだんだん周りから人が減っていった。家族からも離れなくちゃいけなくなった。  仕方がない。笑えるほどに運がおかしいため、僕はもうそろそろ死ぬしかないかもなあと思ったとき、僕の手元に【死に戻りスイッチ】が転がり込んできた。  最初は、もう無視して死のうと思ったのに、なぜか死なない事実に気が付いた。  僕が死のうと思った瞬間に、彼女に助けられてしまうのだ。彼女から離れよう、さすがに人を巻き込んで死ぬのはよくない。そう思っても、気付けば彼女に連れられている。  さすがに僕は焦って【死に戻りスイッチ】で巻き戻ることにした。人を巻き込まないで死なせてください。死ぬのは僕ひとりです。人を巻き込まないでください。  でも、彼女はなぜか何度やり直しても追いかけてきた。  そしてだんだん、彼女と普通に過ごす日が増えていった。  夏祭り。宿題。コンビニの帰り道。  していること自体はごくごく普通のはずだ。でも、今まではひとりですることであって、ふたりでしたことなんてなかった。  そんな彼女だからこそ、これ以上は迷惑をかけられない。  僕の【死に戻りスイッチ】だって、とうとう三回しかなくなってしまったのだから。 「もう諦めようよ」 「……なんでそんな弱気なの?」 「だって、天命だと思うし。僕はもう充分満足に生きたよ」 「なんで? まだ私たち高校生なんだよ? それが、どうして凶運のせいで残りの人生諦めなきゃ駄目なの?」 「だって……君が悲しそうな顔するの、もう見たくないもの」  そのとき、気丈な彼女の顔から、表情が抜けてしまった。  ……嫌われた。これでいい。これで僕から離れてくれる。そう思っていたのに、彼女ときたら、ボロボロと涙を溢しはじめたのだった。 「ちょっと……なんで君が泣くの!?」 「だって……お願いだから、お願いだからちょっとは生きようと思ってよ。私……あと三回しかやり直せないんだよ?」  それにギクリとした。  まさかと思うけれど、彼女も【死に戻りスイッチ】を持っている?  でも可能性はあると思った。僕が死のうとするタイミングで彼女が現れては、助かってしまうんだ。それはきっと、僕が死んだときに彼女を巻き込んでしまったからに違いない。  申し訳ないから、何度も死に直していたのに、彼女は僕の上を行っていた。 「……なにが?」 「……死んだほうがマシなんて思わないでよ。私は君と一緒にいて楽しかった。君は私と一緒にいて楽しくなかったの?」  それになんだか今度はこっちが泣きたくなった。  自慢じゃないけど、僕は青春なんて言葉が嫌いだった。勝手に高校生は夢も希望もあるなんて押しつけるなよ。そんなもんないよ。  でも彼女といるときだけは、本当にこんな世界も悪くないと思えたんだ。 「……本当に? 僕、多分これからも君を巻き込むけど」 「巻き込まれても一緒に逃げようよ。これからも逃げればいいよ」 「でも……」 「私は君のことが好きだよ。それでいいじゃない」  その言葉で、なにかがカチンと噛み合った。  もうこれ以上彼女を巻き込みたくない。でも結局彼女が勝手についてきてしまう。だとしたら、もう一緒に向き合うしかないじゃないか。  彼女にも、僕の凶運にも。 「……よろしく」 「うん」 【死に戻りスイッチ】のカウンターは、これ以上は減らない。減らしちゃいけないんだ。 <了>
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