月夜に運命をみる者達よ

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 若い女性の深夜のひとり歩きは危険だという常識は、彼女……天宮 風深(あまみや かざみ)もきちんとわきまえている。それでも風深が気兼ねなく、まっすぐ前を向いて出歩けるのは、人の少ない深夜帯しかない。とぼとぼ、頼りない足取りで、歩道に積もった雪に足跡を残して進んでいく。  もちろん、恐れがないわけじゃないけれど。もし誰かに襲われて命を落とすことになるのだとしたら、それでも構わないような気がしていた。 「こんばんは。そちらの世界の月に愛されてしまった、気の毒なお嬢さん」  背後から投げられた声に、風深は振り返る。コンクリートの車道を挟んで両側に立つビル群の合間に、煌々とした満月が輝いている。眩しさに、一瞬、目を閉じる。 「……え?」  目を開けた時にはすでに、彼女は世界を移動していた。見慣れた白いオフィスビル群ではなく、赤茶色の煉瓦造りのアパートメントが並び、積雪もない。背の高い建物に挟まれるようにこちらを覗く満月だけは、先ほどと変化がないように見えるが。  ふかふかとした感触の、雪だるまのぬいぐるみの背中に最低限の荷物を入れられるだけの空間のある、チャック付きの鞄。誰とも触れ合わず、ひとり寂しく歩き続けるしかない風深にとっては唯一、心を許せる友のような存在だった。どうやら見知らぬ世界に来てしまったらしい今この時にさえ、唯一連れ添ってくれている。ぎゅうっと抱きしめて、温もりを確かめる。 「……ヨーロッパあたりの、どこかの国にでも飛んできちゃったとか……?」  風深の常識の範囲内で照らし合わせることの出来る、覚えのある景色に似ているのは、そんなところだった。  そこへ、通りがかったのは犬の散歩中らしき老人だ。空色のファージャケットにミニスカート。黒いタイツに防雪効果のあるしっかりとしたブーツ。おまけに抱きかかえた雪だるまという、この世界の常識から外れた風深の出で立ちに、不審者を見るような目を向ける。  風深の目から見ても、老人の衣服は現代社会のそれとは相違があるのだが。それよりも深く彼女の目を引き付けた事実があったから、そこに意識は向けられない。  老人は自宅を目指し、横道を曲がって姿を消す。呆然とその姿を見送っていた風深は、急き立てられるように駆けだした。深夜帯の街の中で、ごく限られた人影を探して走り回る。その、誰も彼もに、「アレ」が見えない。 「私……っ、この世界でなら、『誰か(ひと)の未来』が見えないんだ……!」  歓喜の想いを、満月に向かってか細い声で吠えた。
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