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少年は喉の奥から絞り出すように、「げっ」と嫌そうな音を漏らす。
「……この人、お知り合い?」
「知り合いっつうか、有名な人なんだよな。限られた界隈で」
師匠に迷惑予言を伝えに来た際に、自分にもうんざりするような予知を授けられた。それも彼にとっては最悪の内容を、もののついでみたいに軽々しく。そう説明してくれたけど、この時点の風深にはその詳細な意味を理解出来るはずがない。唯一わかるのは、先ほどの「げっ」は聞こえた印象通りの意味だったということだけか。
「私は月光竜。こちらの世界を総べる十一神竜が一体。あなたと同じ、『運命を視る目を持つ者』ですよ」
「私と……同じ? あなたにも、人の未来が見えるんですか……?」
風深は生まれた時から、人とは違う不思議な目を持っていた。彼女と目を合わせたあらゆる人の、未来が見える。だから極力、人の目を見ないように俯いて生きるしかなかった。うっかり目を合わせてしまうと、相手の……例えば、本人が間もなく交通事故で亡くなるとか。その人の身近な誰かに不幸があって、遠からず死に別れてしまうとか。良いものも悪いものも平等に、その人に訪れる未来の出来事が映像として見えてしまう。
あまりに悲惨なものを見てしまったら思わず涙ぐんでしまい、彼女を取り巻く周囲の人々から気味悪がられ、疎まれて。子供の頃から十七歳になる現在まで、ちっとも友達が出来なかった。
「この前会った、異時空の人じゃん。月光竜様が自分の世界へ戻してくれたんじゃなかったっけ」
「私と月光竜様ね、満月の晩だけ、お互いのいる世界を交換することにしたの……私はこの世界に、あちらは私の世界にいる時は、この目が未来を見ないで済むみたいだから……」
「ふぅーん……」
そういえば、お互いに名前すら教えていなかったことを思い出して、ふたりはあらたまって自己紹介する。少年はフウ・ハセザワと名乗った。
それからふたりは、満月の度にフィラディノートの街で顔を合わせることになる。
「カザミって初めて会った夜はめちゃめちゃくら~い顔してたくせに、今はなんでか顔色まで良くなったよな~」
「だって、誰の顔を見てもその人の未来が見えないって、とっても気持ちが楽なんだもん……」
特別な目を持って生まれたことにデメリットしか感じてこなかった風深は、ずっとこっちの世界にいられたらいいのにと願わずにいられなかった。元よりあちらの世界に、自分を必要としてくれる誰かなんていないだろう。そう確信していたから……。
満月の夜にだけ、異時空の友人に遭遇できる、世にも奇妙な繋がり。なんだかんだ、ふたりにとってそんな夜の触れ合いは日々の安らぎと息抜きになりつつあった。
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