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その晩、風深はある決意を胸に秘めて、月光竜が草原に現れるのを待ちわびた。風深の世界を堪能したと思われる月光竜が満足げな顔で現れると、さっそく本題を切り出す。フウはどこへ行ってしまったのか? と。
「彼の運命に定められた結末へ向かっただけですよ」
その無情な報告に、こみ上げてきそうな涙をぐっと飲み込んで、風深は訊ねる。
「……月光竜様は、どうして……運命を変えるための行動を取らないんですか?」
風深の視る未来は、行動次第で変えられる。しかし、月光竜の視る運命は行動によって変えられない。同じような目を持つ風深だからこそ、その主張は詭弁に聞こえてならなかったのだ。
「ほんの一年間、満月の夜だけどいう、僅かな時間だけの出会い。生まれてからたった二十年で神罰に散らされる運命に選ばれた、あまりにも短すぎるフウ・ハセザワの命。ですが彼とあなたの遭遇は、未来への希望など何も見えなかったあなたへ、光を射してくれたでしょう?」
もし、月光竜に視える未来の情報をフル活用してフウを生かす道を探っていたとしたら。彼と風深の遭遇は、今と同じ結論へ導いてくれただろうか?
「この世界は生まれてくる命に対して平等ではありません。大小に関わらず、世界は誰かの犠牲によって成り立っている。彼のように儚く散る命であっても、そのように生まれて生き抜いた意義が必ずある。この世界のどこで、誰に、その生き様が光を授けているかわからない。ゆえに私達のように未来を視る者は、どんな残酷な未来でも自らの手で変えることは出来ないのですよ」
月に出来るのは最も近い場所から地球の運命を観測し続けるだけで、どんなに手を伸ばしてもそこには届かない。たとえ、いつか地球に破滅的な未来が待ち受けていると知ったとしても。
「……ごめんなさい、月光竜様。私はもう、こちらの世界には来られません……フウ君が限りある命で私に教えてくれたことを、無駄にはしたくないから……」
フウの兄は、彼が優しくしなかったから……いや。フウにとって、この世界にとって、自分は必要な存在ではないと感じてしまったから。彼の会えない世界へ行ってしまい、帰ってこなかった。
私にだって、自分が気付いていないだけで……いなくなったら悲しんでくれる……「この世界に必要だったんだよ」と思ってくれる誰かが、いてくれるのかもしれない。こちらの世界の方が楽だからなんて理由で、自分の生まれた世界を捨ててはいけない。本来、出会えるはずのなかったフウとの遭遇によって、風深はそう知ることが出来たのだ。
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