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父親の仕事の都合で、翔琉は転校することになった。
タイミングがいいことに、中学二年の始業式が転校先への初登校日だ。
春休み中に転入手続きは終わっている。職員室で挨拶を済ませると、担任の橋爪とともに、教室へ向かう。
二年D組と書かれた教室札の下で立ち止まる。
「獺越くんは、先生が名前を呼んでから教室に入ってきてくれるかい?」
翔琉が頷くのを見て、担任が扉を開けた。
「さあみんな! ホームルームを始めるぞ。今日からこのクラスの担任を請け負うことになった橋爪だ。まずは、転校生を紹介するから、みんな、仲良くしてやってくれ。獺越くん、自己紹介してくれるかな?」
名前を呼ばれた翔琉は、ゆっくり教室の中へと足を踏み入れる。それから、橋爪の横に立ち、クラスメイトたちの顔を見渡した。好奇の目にさらされ、居心地が悪い。
翔琉はさっさと挨拶を終わらせることにした。
「はじめまして。門真市から引っ越してきました獺越翔琉です。よろしくお願いします」
まばらな拍手が鳴る中、橋爪が一つだけ空いている席を指さし、翔琉に座るよう指示を出す。
翔琉が着席したところで、出席確認が始まった。
学年が上がり、クラス替え直後ということもあり、みんな、一言自己紹介をしていく。
おかげで翔琉はクラスメイトの顔と名前やある程度の特徴を覚えることが出来た。
ホームルームが終わると、近くにいた男子生徒二人が話しかけてきた。
「なあなあ。獺越って、珍しい苗字だよな」
「由緒ある家柄とか?」
ぐいぐいくる二人は桑原一志と、波多野連と名乗った。
明るく快活でスポーツマンタイプに見える一志と、きっちりと制服を着こなし、真面目そうに見える蓮の組み合わせは、一見アンバランスだ。
二人は歴史部に所属している。性格は正反対だが、『歴史好き』という共通点から仲良くなり、今では親友なのだという。
「歴史部だから家柄って言葉が出てきたのか」
苦笑する翔琉に二人がうんうんと頷いた。
「歴史上の有名な人物名では聞いたことないけどさ」
「なんか由緒正しそうな苗字じゃん」
目を輝かせる二人は、有名無名問わず、歴史に関することであれば、どんなことにも興味を持つようだ。翔琉は何気なく気になったことを尋ねる。
「ところで、歴史部って、部屋で歴史の勉強をしているだけだろ? 楽しいの?」
すると、一志と蓮が信じられないとばかりに目を見開いた。
「何言ってるんだよ。部屋で勉強してばかりなわけないだろ!」
「歴史は紙だけじゃ感じられないんだぞ。様々な調査や研究によって、正しいと言われていた年号や内容が変わったりしているし、いまだに解明されていない謎だってあるんだ。現地にいって、歴史を肌で感じ、そこから自分なりに考察することが楽しいんじゃないか」
「歴史的建造物や合戦の場所に実際に行くことでしか得られない感動もあるしな」
「そうそう。それに、見たり聞いたりするだけじゃなく、火起こしや、やじり作り、忍者体験に飛脚体験もできるしさ。実際に昔の人がやっていたことを体験するのって、けっこう面白いぞ」
「翔琉だって、城とか武士とかには興味あるだろ?」
突然、歴史について熱く語りだした二人に同意を求められる。
人気アニメやドラマの影響で戦国武将や忍者は好きだ。にわかファンのようなものだが、一応頷く。すると、二人が目を輝かせた。
「よっしゃ! 今日から翔琉も俺たちの仲間だ」
「城跡や遺跡なんてロマンの塊だし。一緒に現地に行こうぜ」
「この辺りは古墳とか多いからさ。発掘ボランティアも楽しめるからな」
あれよあれよという間に、翔琉の意思など関係なく、歴史部に入部させられそうになる。
「おいおい、歴史部に入るとは言ってないよ?」
二人の暴走を慌てて止める。途端、二人同時にがっくりしたように肩を落とす。その表情は悲壮感が漂っている。
あまりにも落ち込む二人の様子に、感じなくてもいい罪悪感が湧く。
翔琉は、無理やり歴史部に自分を引っ張り込もうとした理由を尋ねる。
「廃部寸前なんだ。人助けと思って歴史部に入ってくれないか?」
ぴったり息を合わせて懇願する二人に、翔琉は根負けして歴史部に入部した。
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