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楽しみな予定があると、あっという間に時間が過ぎる。
いよいよ、合宿の日の当日になった。
島への連絡船は二日おきに、朝昼晩の三便でている。翔琉たちは、その日の昼の便に乗船した。
天気は快晴で、風もほとんどない。船の揺れは少ない。誰も船酔いすることなく、島に到着する。
船を降りると、祖父母が迎えに来てくれていた。
「あ! じいちゃん、ばあちゃん! ただいま!」
翔琉は祖父母に駆け寄る。重岡たちも翔琉の祖父母の前に立つ。
「はじめまして。今日からお世話になります」
重岡が持参してきた手土産を渡し、挨拶をする。それに続き、一志と蓮もそれぞれ手土産を渡して、自己紹介をした。
「みなさん、お気遣いいただきありがとうございます。わしは靖、こちらは家内の千恵子です」
「たいしたもてなしは出来ないけれど、親戚の家に遊びに来たと思って、楽に過ごしてちょうだいね」
和やかな雰囲気で挨拶を終えると、さっそく獺越家へ向かう。
港から獺越家までは徒歩十五分ほどだ。その間に、靖が島の説明をする。
「ごらんのとおり、ここは小さな漁村です。コンビニもないし、スーパーもない」
「ええ? じゃあ、みなさん。買い物は?」
一志が即座に反応する。靖が柔和な笑みを浮かべて、小さく頷く。
「無人販売店や、小さな商店はあるし、連絡船が来た時には、そこで必要なものを伝えれば、三日後にくる便で持ってきてくれるから大丈夫だよ」
「無人販売店って……防犯面は大丈夫なんですか?」
「こんな小さな村だ。みんな顔見知りだから、盗難なんて一度もないよ」
靖が、島の住人たちはみんな、穏やかでゆったりとした性格のせいか、盗難どころか、犯罪や暴力沙汰のようなことは一度も起きたことがないと話す。
「さすがに一度もないってことは……」
「まあ家庭内のことは、わしらもわからないからなあ……でも、わしが生まれてからは一度もそういった話は聞いたことがないよ」
「私もないわねえ」
信じられないといった一志も、のんびりとした口調で答える靖と千恵子の様子に、それ以上は何も言えなくなったようだ。
口を閉ざし、説明の続きを大人しく聞く。
「いまの若い子たちには申し訳ないが、この島はほとんど圏外でWi-Fiもなくてね。スマホやインターネットも使えないんだ」
本土との連絡は固定電話と無線のみだと靖が告げる。このことは、すでに翔琉からみんなに話してある。
固定電話はつながるので、家族との連絡が一切絶たれたわけではない。けれど、インターネットを使ったやりとりが、必要不可欠になりつつある現代の情報化社会において、かなり不便な環境だ。
嫌がるメンバーがいることを覚悟していたのだが、誰一人反対する人はいなかった。
むしろ、こんな機会がなければ、なかなかオフライン旅行なんて、できないと喜んだ。
そのことを翔琉が祖父に伝える。一志も蓮もその通りだと言えば、申し訳なさそうな顔をしていた靖の顔がほころんだ。
その後、島民の何人かとすれ違う。
周囲には海しかない小さな島だ。住んでいる者同士の絆が強く、外部(本土)との接触はあまりない。閉鎖的になりそうな条件が揃っているというのに、この島の住民たちは、みんな気さくに話しかけてくる。一志、蓮、重岡の三人が、翔琉の友人や部活の顧問であることを説明すれば、持っていた果物や、野菜を「持っていきなよ」「これ、食べな」と言って、お裾分けしてくれた。
重岡たちは遠慮するのだが、島外民をもてなすのが、この島の住む人たちの昔からの習わしだと言われてしまえば、受け取るしかない。
島民の気遣いと厚意で、翔琉たち一行は両手が塞がる。すると、蓮がポツリとこぼす。
「習わしって言ったって、みんながみんな、何かをくれるなんて、ちょっと異常じゃないか?」
島民である靖と千恵子には聞こえないよう配慮した声だが、翔琉の耳にはばっちり届いていた。翔琉は思わず苦笑する。
「前の学校の友達も同じようなこと言ってた。俺としては、毎度のことだから、これが普通だと思ってたんだけど……やっぱ、この島の人たち、人がよすぎるよな」
「人がいいっていうか……初対面の俺らにやたらと笑顔で接触してきて、色々な物をくれるなんて気持ちが悪いんだけど」
両手いっぱいの贈り物に、蓮が眉を寄せた。すると、一志が「蓮はこういう状況に慣れていないもんな」と言って話を続ける。
「俺の母さんちの実家も、似たようなもんだぞ。近所に住むおっちゃん、おばちゃんが俺の顔を見ると、お菓子や果物をくれるもん」
「そうだぞ。それに、よそ者に厳しい土地のほうが多いのに、こんなにも歓迎してくれる人たちなんて、そうはいない。感謝こそすれ、気持ちが悪いなんて言うは人として駄目だろう」
翔琉だけでなく、一志や重岡にまでなだめられた蓮は、「そうかもしれない」と、納得したような言葉を口にするが、その表情はスッキリしていない。
その様子を気にした千恵子が「持って帰るのが負担なら、滞在中の食事に使いましょうかね」と声をかけると、ホッとしたように頷いた。
獺越家に着いた一行は、荷物を整理し終えると、さっそく遺跡へ向かおうとした。
ところが、すれ違った島民たちから、翔琉たちのことを聞いたようだ。
近所に住む人たちが、食べ物や飲み物を持って、獺越家に集まってきた。
これから重岡たちをもてなす宴会を始めるのだと、みんなが嬉しそうな顔をする。
歴史部一行の目的は、ノモルス遺跡だ。すぐにでも翔琉にノモルス遺跡へ案内して貰いたいというのが本音だろう。
けれど、増えていく島民たちを前にして、断れる者は誰もいない。
結局、その日は島民たちによる歓迎を受けることとなり、一日が終わった。
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