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「信仰心が薄れない限り、絵が薄れないってこと? それってどういう……」
驚いたような声をだす蓮に、重岡が返事をする。
「そりゃ、この遺跡を氏神神社と同じっていうんなら、この島に住む人たちのほとんどが氏子なんだろう。氏子から選ばれた氏子総代や氏子会のメンバーが、神社の管理、行事の進行、運営といったことをしていると聞いたことがある。ということは、彼らが氏子会のメンバーであり、遺跡を管理しているってことだ。たぶん、床に描かれた絵も彼らがいつも修復しているんじゃないか?」
蓮と重岡のやり取りに、島民たちが穏やかな表情で口をはさむ。
「中らずと雖も遠からずですね」
「でもまあ、ノモルス様がいる限り、島も島民も安泰ですから、我々が感謝を捧げるのは当然のことでしょう」
「あなたたちも、ノモルス様を知れば、きっと、その素晴らしさがわかります」
島民たちが、祭壇に手を合わせた。そのまま背を向ける。肩幅に足を開き、腰をまげると、股の間から祭壇を覗く。それから静かに目を瞑り、呪文のようなものを唱え始めた。
「え? 何?」
島民たちの奇行に一志がドン引きしたような声を出す。その横で蓮も顔を引きつらせている。重岡だけは興味津々といった感じでじっくり観察していた。
「ノモルス様へ祈りを捧げているんですよ。ちょっと独特な祈り方ですよね」
短く説明する翔琉に、重岡が感心したような声を出す。
「じゃあ、みなさんが唱えているのは、呪文ではなくお経や、ご真言のようなもの?」
「ええ。でも、神様への祈りって、気持ちの問題だから、敬意や感謝を込めて祈るだけで充分です」
翔琉は島民たちと同じように祈りを捧げるよう、一志たちに促す。それから、翔琉自身も祭壇を股の間から眺め、祈りをささげた。
重岡も一志もそれに倣う。けれど、蓮だけが怯えた顔をして、動かずにいた。
祈りを終えた一志が、周りを気にしながら小声で注意する。
「郷に入っては郷に従えって言うだろ? せめてポーズだけでも祈っているフリぐらいしろよ」
「だって、この島の人たちっておかしくないか? みんなずっと笑顔でさ……薄ら寒いんだよ。ノモルスっていう神様に対する信仰心もカルトっぽいっていうか……」
気味悪がる蓮に、一志が「ばかっ!」と言って、肘鉄を喰らわせる。
「お前、島の人に聞こえたらどうするんだ。だいたい、余所者だと言われて拒絶されるよりも、笑顔で接してもらったほうがいいじゃないか。それのどこが不満なんだよ」
抑えた声で蓮を叱る一志を、翔琉は制止する。
「まあまあ。蓮がそう思う気持ちも仕方ないよ。島の人たちは物心ついた時から、みんなで助け合い、笑顔で過ごせば幸せになれるというノモルス信仰の教えを刷り込まれているんだ。余所の人から見れば、異質に見えるのかもしれないね」
翔琉が「人って、理解できないものを恐れるものだし」と付け加えると、蓮が気まずそうに目をそらした。
「俺だって翔琉のじいちゃんたちが住む島を悪く言いたくないよ。でも……なんか嫌な予感がするんだ」
蓮がいますぐにでも帰りたいと言いだした。
とはいえ、船は二日おきしかでない。ノモルス祭初日が終わるまで、本土に帰ることは物理的に無理だ。
何故か島や島民を怖がる蓮を、翔琉は一志と一緒になだめる。
そして、せっかくだからノモルス祭にも参加しようと誘った。
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