ノモルス遺跡

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 翌朝、いよいよ祭りの始まりだ。  島中が活気に溢れている。派手な神輿に、威勢のいい掛け声、太鼓やお囃子の音色に心が弾む。一志はもちろんのこと、昨夜は暗い表情をしていた蓮までもが祭りを楽しんでいた。 「そういえば、昨日、ノモルス遺跡に大きな舞台を準備していたな。あれってなんだ?」  重岡の質問に、翔琉は、これから七日間、かがり火に照らされた舞台の上で毎日欠かさず神事が行われるのだと説明する。 「へえ」 「そうそう。神事では、ノモルス様のご神饌が特別に振舞われるんですよ」 「ごしんせん?」  首を傾げる一志に、翔琉は、ご神饌は神様に献上する食事であり、そのおさがりをいただくことで、「神人共食」──つまり、神様と人との親密を強めて、生活安泰の保障を得るのだと教えた。 「なんか縁起よさそうじゃん。いこうぜ!」 「え……俺はいいよ」  蓮が嫌そうに顔を顰める。祭りは楽しいが、ノモルス神については、嫌悪感が拭えていないようだ。 「まあまあ。ご神饌はこの島でしか取れない貝だからさ。一個だけ食べてみなよ」 「うーん」  渋る様子の蓮に、「何事も経験だぞ」と重岡が肩を叩いた。  四人はノモルス遺跡の前にやってきた。  ノモルス遺跡には多くの島民が集まっている。すでに神事は始まっているようだ。  島民たちが翔琉たちに気がつく。すると、人だかりは二つに割れ、最前列まで道ができた。 「島の人たちは全員食べたことがあるから、俺らにご神饌を優先してくれるみたいだよ。さあ、早く行こうぜ!」  翔琉は一志と蓮の手をとり、舞台の上へと上がる。重岡もあとからついてきた。 「さあ、ここに並んで」  翔琉は三人に、衣冠単衣に身を包んだ神官の前に並んで立つよう指示した。  横一列に並んだ三人の前で翔琉は神官に頭を下げて、舞台袖にはける。  一志たちがぽかんとする間に、神官が一人一人の頭の上で大麻(おおぬさ)を振る。それから、巫女のような衣装をきた女性たちが、三人に真っ白なお皿を手渡した。  その間に神官が祭壇から、サザエのような貝を手に取り、三人が持つお皿の上に置いていく。それから綺麗な装飾が施された小刀を手渡した。 「ノモルス様のご加護がありますように」  神官が三人に向かって祈る。これは暗に「食べなさい」と三人に促しているのだ。  巫女の手ほどきで、三人は、貝の穴にあるフタの横から小刀を差し込み、素早く穴のふちをなぞるようにぐるりと回す。  好奇心旺盛な一志と、ノモルス遺跡や郷土文化への興味が強い重岡は、なんの躊躇もなく、フタの付いた身を取り出し、口にした。  けれど、蓮だけは違う。身を取り出したところで、驚愕の表情をしたまま固まった。 「ひぃっ!」  悲鳴をあげて、貝と中身を投げ飛ばす。逃げ出そうとする蓮の体を数人の巫女が押さえつけた。その間に、一志と重岡が白目を剥いて次々に倒れていく。  舞台袖で三人の様子を見守っていた翔琉は、投げ飛ばされた中身を拾い、蓮のそばへと歩み寄る。 「か、翔琉! 助けてくれ!」  必死の形相で叫ぶ蓮が、翔琉の手元をみて絶望に満ちた顔になる。けれど、そんなことは関係ない。翔琉は、うねうねと動く貝の身を、蓮の口元へ押しつけた。 「俺たち、友達だろ?」  翔琉は蓮に顔を近づけると、目を触覚のように飛び出させた。その形は三角コーンのようで、中はネオンサインのように蠢いている。翔琉はその目を使い、蓮の目を突き刺そうとした。 「やめてくれ!」  蓮の口が大きく開かれた。その隙を逃さず、活きのいい貝の身が蓮の口の中に入った。  上半身を大きく反らして、蓮がゆっくりと後ろに倒れていく。視界が反転した蓮の視線が遺跡の石柱へ向けられた。途端、その目が大きく見開かれた。  翔琉は蓮の視線の先に目を向ける。そこには遺跡の名前が書かれていた。 「最後の最後で気がついちゃったんだね」  ニヤリと笑うと、翔琉は三人へと振り返る。  三人は瞼を開けたまま、穏やかな寝息をたてていた。その目は触覚のように飛び出し、蛍光色に脈動している。 「これでまたノモルスの民が増えました」  神官の言葉に、島民たちが歓声を上げた。  
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