混沌 

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混沌 

葵はいつもの18階のフロアーとは違って、16階のフロアーにいた。 まさか、ここが同じ社内だなんて思えないほど、その部屋の空気はピリピリと緊張感に包まれていた。 「君が市ノ瀬葵くん?」 「はい」 葵は自分に用意された殺風景なデスクの前に立ち尽くしていた。すると、右方から紺地に青のストライプスーツとサックスブルーのYシャツ、寒色系のチェックのネクタイで決めた爽やかな印象を与える男が歩いてきた。そして、彼はその見た目とは裏腹に、威圧的に自己紹介を始めた。 「東日本事業部、法人営業二課主任の松下裕一だ。事情は平崎さんから聞いてるよ。まぁ、俺は新人だろうが、他部署の人間だろうが優しく指導する気なんてないから、覚悟してね。今日からよろしく」 裕一は冷たくそう言い終えると、葵に右手を差し出した。そのため、葵は抱えていた段ボールを机に置くと、彼に右手を差し出し挨拶した。 「海外旅行企画部から本日付けで異動になりました。市ノ瀬です。今日からよろしくお願いします」 「あぁ。ところで研修についてだけど、みんな忙しいしそんな悠長なことやってる余裕ないから、同行2週間。社会人5年目なんだし、働き方なんて教えて貰わなくても大丈夫でしょ?自分で考えてやれ」 裕一はその爽やかで年齢の割には童顔にも思えるルックスからは想像出来ない程に、素っ気なかった。 「これ、名刺と新しい社員証。それから取引先一覧の電話帳も、必要なものは揃えてあるから確認しとけよ」 裕一は手にしていたものを、机にポンと置き、葵を食い入るように見つめた。葵は彼が自分を睨む視線に負けじと、相手を睨み返してやった。 「クビにされることに囚われて仕事に手抜くような真似したら、俺赦さないから。最後まで諦めんなよ」 すると、裕一は葵の真正面でそう言い放つと、意味ありげに微笑しながら、背を向けその場を去って行った。 「はい、頑張ります」 葵は立ち去る彼の背中に向け頭を丁寧に下げると、その背中を眼力を込めて睨み返した。
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