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始業時間が始まると、すぐに朝のミーティングは始まった。
今期の売り上げ目標や、現在の活動状況、目標達成率の報告や反省など、それぞれが行うと、それに対する上司からのレスポンスや叱責。社内関連の行事や研修日程の確認と連絡。最後に葵が紹介される運びとなった。
葵は椅子から立ち上がって挨拶した。
「本日付けで海外旅行企画部より異動になりました。市ノ瀬葵です。カウンター営業の経験はありますが、法人営業の経験はありません。精一杯向き合いますので、どうか皆さんご指導よろしくお願い致します」
社員の目線はどこか冷ややかで、あまり皆、視線を合わせないようにしていることが窺えた。
歓迎ムードには程遠くよそよそしい雰囲気が漂っていた。葵はそんな中自己紹介を終えると、最後に深く頭を下げた。
だが、それを聞き終えるや否や、鳴り出した電話を取ったり、立ち上がってコピーに向かうなど、社員達はそれぞれの業務に早くも取り掛かかろうとしていた。
葵はこの部署ではこれが日常茶飯事の光景なんだろうと諦めて、視線をデスクに戻すと自分も業務に取り掛かった。
まずは同行させて貰って今日訪問する企業の下調べと、提案しているプラン内容の確認を行う。
思い通りにいかずとも、立ち止まって考えてばかりもいられない。
Do one's best .
それに尽きる。
一方、同時刻。
18階のフロアーでも穏やかに今日が始まろうとしていた。
朝のミーティングを終えると、すぐに業務に入る社員達を横目に、信は立ち上がりある人物の名を呼び手招いた。
「高田」
高田は信から手渡された資料を一瞥すると、少し切なげに目を伏せ訊ねた。
「今年もやるんですか?」
「あぁ」
「ふーん。彼の考えたツアー売り上げ良かったですもんね」
「まぁ、ツアー企画するにはセンスはいるよな。あいつはセンスは抜群だったと思うよ」
「勿体ないですね。まだまだここでも出来ることはあったでしょうに」
高田は残念そうにため息をついた。
「優秀だからこそ、ここじゃなくても上手くやってくれるって信じたいけどな」
信は慌しく動き始めたオフィス内を遠い目で見つめると呟いた。
「そうですね、上手くやるでしょう。彼なら」
何の躊躇もなく高田は同意してくれた。
所詮他人事なんだろう
いや、そんなもんか
内心では、あまりに素っ気ない反応にモヤモヤを抱えながらも、仕事に取り掛かった。
一体後何回、このなんとも言えない気持ちを味わうのか、いや、いつしか麻痺して何も感じなくなるのか。
信にはまだ分からずにいた。
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