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午前10時半。16階。
課内は電話で会話する社員の声や呼び出し音が鳴り響き、皆が忙しなく働いていた。
デスクワークを一通り終えた裕一は、取引先のホテルとの電話を終えると、葵のデスクへと向かった。
「市ノ瀬」
「はい。13時に赤坂にある医療機器のメーカーと研修旅行の打ち合わせが入ってる。早めに昼食べてから行こうと思うから、11時過ぎにここ出るつもりで準備して」
「はい。分かりました」
裕一はそう言うと、透明のファイルごとプレゼン資料を葵に差し出した。
「これ、商談で今日使う資料だから確認しといて」
「ありがとうございます」
葵が差し出されたファイルを両手で受け取った。
裕一は葵がそれを受け取ったのを確認すると自分のデスクへと戻った。
葵が貰ったプレゼン資料を一通り確認し終えたところで時計を確認すると、11時05分だった。
葵は課内で裕一の姿を慌てて探すと、彼は課長の篠原に呼び出されていた。
篠原敦之しのはら あつゆき
この2課で最も恐れられている人物らしい。だが、その男の風貌はそれ程恐ろしいとは言い難かった。
中肉中背で、グレーのスリーピースのスーツを着込み、履いている革靴は綺麗に磨かれていた。
容姿は特筆する程のものはないが、目元や口元にはどこか自信がみなぎっていた。笑顔が似合わないということもない。
髪型は丁寧にセットされていて、毛先はヘアワックスを使って程よく立ち上げられている。
人目を気遣った適度な清潔感と仕事を任せられそうな自信溢れる態度。信用出来る人物となり得るそれらは営業マンとしてビジネスシーンではプラスとなるものばかりだった。
葵が普段目にしていた、長身でハンサムだけど、表面的にどんなに取り繕おうとも鬱気味の上司像とは対局にいるような男。
それが篠原という人間だった。
2人が何を話しているのか内容までは聞こえて来なかったが、葵は自分のデスクを片付けて、外回りの準備をしていた。
10分後。
裕一は自分も出かける準備をして、再度葵のデスクにやって来た。
「行くぞ」
「はい」
2人は課を出るとエレベーターで一階へと向かった。
「市ノ瀬だっけ?昼何食べたい?」
「なんでもいいですよ」
「なんでもいいって。俺重くないのがいいな。カフェ混んでるっけな?」
裕一はそう言うとスマホを検索し始めた。
「向こうついてからも結構店はありそうだけどな…時間かかるの嫌だしな」
「駅の付近で空いてそうなところでいいんじゃないですか?」
「そうだな。店探しに時間はかけたくないな。空いてる店にするか」
裕一は葵の提案にとりあえず頷いた。
2人は本社を出ると、足早に東京メトロの新橋駅を目指した。
この時間帯あたりから大体昼はどこも混み始める。店をさっさと決めてしまった方が得策だった。
2人は駅に着くと東京メトロの銀座線に乗って赤坂見附駅に向かった。
5分後地下鉄を降りた彼らは、駅の改札を出ると、地上に上がった。
昼食をとるために店を探していると、裕一がある店舗の前で足を止めた。
「ラーメン良くない?」
「ラーメンですか?いいですよ」
「じゃ、決まり」
裕一は笑顔でそう言うと、お昼時で賑わうラーメン店へと入って行った。
葵も続いて店内に入った。
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