4人が本棚に入れています
本棚に追加
いらっしゃいませー
とカウンターから店員の声が威勢よく響いて来た。
どうやら食券を買うシステムのようで、券売機には五人程列が出来ていた。
裕一はその最後尾に並ぶとメニューを選んでいるようだった。
担々麺の専門店らしく、メニューはオリジナルと激辛、黒胡麻、白胡麻の4種類とトッピングメニューや一品料理が数品。
みなライスや餃子をセットにしているようだった。
順番が来ると、裕一は単品でオリジナルを注文していた。
葵も同じメニューのボタンを押すと出て来た半券を取った。
席数は1つ空いているだけ。前に3人待っていた。
10分後。裕一と葵はカウンター席に案内された。
2人は中にいる定員に半券を手渡していると、背後から水が置かれた。
それから店員は前に置かれていた調味料の説明をした後、搾菜が必要かどうか尋ねて来た。
2人は要ると答えると、店員はそれをカウンターに置いて去って行った。
店内には香ばしい胡麻の香りが充満していた度々それは2人の食欲をそそっていた。
裕一は楽しみにしているようで身を乗り出し気味に担々麺を待ち構えていると、5、6分程でそれは運ばれて来た。
「此方オリジナルです。お熱いのでお気をつけ下さい」
「うまそう」
心の中の声が漏れていた。
葵は思わず右隣にいた裕一を覗き見た。
彼は置かれた担々麺を前にまずその香りを堪能していた。そして、箸箱からお箸を1セット取ると、少し縮れた麺を箸先でつまみ上げ、豪快に口で吸い上げた。
葵はそんな裕一の食べ方を観察しながら、ふとこんなことを考えた。
食べ方と生き方は似ていると思う。
何故なら葵は食事の前には手を合わせ、少量ずつ口に運び、時間をかけて食べる傾向があるからだ。
裕一は目の前にいる獲物には多分、仕事でも恋愛でも同じように一心不乱に食らいつけるタイプだ。
葵は違った。
いつも物事と向き合うにも、目の前にある獲物が何であっても時間をかけて相手を観察しながらしか向き合えない。
昔はそんな自分の気の弱さが嫌になる時もあった。
でも、今は以前ほど気にしなくなっていた。
食べ方や食べたいものがみんな違うように、自分の生きるスタンスは違って当然。
だから、深刻に考えたって生き方も食べ方も簡単には変えられない。
それに変えたからといって人生が良くなる保証もない。
なのに、何故か今日はいつもより早いペースで葵は食事していた。
不思議だ。
でも、ビジネスマンにおいては例え無意識でも相手に合わせておくことが有用なのも事実だった。
仕事の合間に摂る昼食を味わうなんて暇はない。単なる栄養補給に過ぎないのだから。
そんな葵をよそに裕一はハイペースに麺を平らげると、スープを啜って、最後は丼ごと飲み干していた。
葵は若干その圧に気圧されながらも、自分の食事に集中した。
裕一は減っているグラスに再び水を注ぐとそれも一気に飲み干して、席から立ち上がった。
そこで、裕一は漸く葵の存在を思い出したかのように肩をポンポンと叩いた。
「おい」
「はい」
「タバコ吸って来る。後で連絡するわ」
彼はそれだけ告げると、あっさり店を出て行った。
葵ははいと頷くに留めた。
何となくそんな気はしていたから
喫煙者にとっては、そこまでがセットの人も多いんだろう。
葵は裕一が隣から消えたことで、少しだけ自分のペースを取り戻すと、再び食事に戻った。
たった5分、10分だって緊張させられる。
だから、葵は職場の人間と摂る食事を美味しいと感じたことはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!