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こうだけはなりたくないから、みんな必死で働いてるんだろう。ローンを組むのは働き続ける覚悟がないと成り立たない。
一方、その当時は、日本も随分マイナス金利で、ローンを組みやすい状態にあった。
それもあって、日本もリーマンショックの影響で地獄を見た人はそれなりにいた。株で失敗した人の方が多いかもしれないが、損失は凄まじかった。
結局、サブプライムローンというのは、本来存在してはならなないはずの借金により引き起こされたものだった。
簡単に言えば、欧州の大手の金融機関が住宅ブームを盛り上げようとして、返せないはずの中流階級の人々に対し借金を作らせた。そして、彼らの借金を金融商品デリバティブとして、投資会社にばら蒔いたことが主な元凶だった。
更に困ったことには、その投資会社が自国に限らず様々な企業の株を買ったことで、世界中に存在しないはずの金が流出することになってしまったというのが、リーマンショックのからくりである。
景気がいいとローンを組むのは案外簡単だ。だが、金利は経済状況において、政府や金融機関が操るから、まず借り手が利になるような条件になることは、庶民においてはない。
つまり、お金を稼げばいいと思っているのは、労働者だけである。何故なら、経済全般、いや株式市場や金融市場においてはお金は貸し借りや投資により増やすことが一番重要だからだ。
景気が良く庶民が豊かになると低金利でもローンの貸借が増え銀行が儲かるし、景気が悪いと税金という国からの徴収によって庶民はますます冷え込む。
ま、どちらにしても国民はローンや税金によって国家や経済市場に運命を握られているようなものである。
働くことが美徳なこの国のおいて、ローンや納税額が高額であればあるほど褒め称えられるが、そこから転落しないためには死ぬ気で稼ぎ続ける覚悟がいるのが労働者である。
あの頃、そう気付いてしまった人もそれなりにいたとは思うが、それでもまだ表面的な豊かさは保っていたように思う。日本はそんなグローバル経済に翳りが見え始めた年に、観光立国としてよりグローバリズムに傾斜した政策を打ち出した。
あれから8年。
今日本はまさにインバウンド特需とも言うべき活況にある中で、海外からの訪日客をもてなすことが、グローバリズムでの地位確立に多大な影響を与える一方、国内の景気はそう芳しいとは言えないのが現実だった。
会議が終わったのは午後5時半。
会議では社員がそれぞれ温めて来た企画や、色んなアイデアが飛び交ったが、管理職として信が考えなきゃいけないのは、そのアイデアが面白いかより売り上げだった。
面白いから売り上げにつながるか?
これはどの業界でもそうだろうが、そんな単純な話でもない。
それに目新しいことは瞬発的なウケは良くても飽きられやすいのも特徴で、流行に敏感な現代では一瞬で消費されていくものも多い。
更に言えば、パッケージツアーというスタイル自体、ネット媒体が主流になりつつある現在、よほど魅力的でもない限り話題になるほどのものは生まれない。
日々情報集めに奮闘し、予算内で少しでも良いものをと頭を巡らせ向き合っては見るものの、失敗出来ない不安からは逃れられずに、無難なものに落ち着く。
最近、多様性なんて言葉が叫ばれ始めたが、スピード重視や効率化によってより均一化されていくようにも思えた。
これは一見矛盾しているようにも思えた。
ただ、「経済の最大の原理はいかにコストパフォーマンスを良くするか?」であり、それ以外は消費者も生産者もあまり関心はない。
デフレ経済下における日本では、そのためだけに、あらゆる商品を安心かつリーズナブルに提供するか?
そのことばかりに頭を悩ませる。
数字で評価される世界で、それ以外のものを追求しなきゃいけない分野は割と厳しいものがある。
売れる商品と斬新なアイデア。
信は毎回その狭間で自分の仕事の存在の意義を問われている気がした。
今は海外旅行も当たり前になっている。昔はまだ目新しさもあって、売り込む側もどんどん新しい企画やアイデアを実現することで次々商品化することにやりがいを感じていたし、仕事そのものにワクワクしていた。
でも、今や海外旅行の最大の目的は如何に安く、如何に早く、如何に手軽に行けるかを競争しているような側面があって、もう旅そのものを楽しむゆとりは消費者にもないように感じられた。
そんな中、葵が打ち出したツアーはヒットしていた。
信や他の社員がマーケティングや流行を気にするあまり、新しさに注目してしまう一方で、彼はあまりそれを意識し過ぎないオーソドックスでシンプルなプランを打ち出すことが多かった。
若年層に主に人気のデスティネーションは、ハワイや韓国、台湾と言った近場や欧州が多い。
海外旅行のブームは時代によってトレンドやニーズが違う。その変遷から考えると、バックパッカーやショッピング・ツーリズム、卒業旅行が人気だった90年代や2000年代と違い、今はLCCやインスタの発達で、ガイドや添乗員を望まない旅行者が増えた。
そのため、如何に手軽に、効率よく自分の目的のために旅行を楽しむかと若者達のニーズが増えた結果、欧州より近場の治安や衛生面に問題のない国が旅行先として選ばれやすいのだ。
また、旅行者自身が旅行会社を通さず直接航空会社でチケットを手配出来るネット環境の発達や、Expdia 【エクスペディア】やBooking.com【ブッキングドットコム】と言った口コミサイトの比較を使って、自分好みにカスタマイズ出来る個人旅行やフリープランを利用する人も増え、以前ほど旅行会社が至れり尽くせりをする必要性もなくなってしまった。
そんな時代において、旅行会社のパッケージツアーは何を求められるのか?
それを考えるのがこの仕事の難点でやりがいなのかも知れない。
どんなにいい素材に出会えても、センスがないと厳しいのも現実だ。
元々法人営業にいた信からすれば、人から提案を受けたものを形にする方が自分には合っている。
そんな気もする。
自分から発信する立場になると、途端にこれでいいのかと戸惑ってしまうことも増えた。
元々、この部署への異動だって信にとっては、不本意だった。
あのまま営業やって出世出来たら…いや、でもあの部署にはもう戻りたくない。
度々そんなことを考えながらも、ここに異動になって信はもう4年目だった。
まもなく終業時間、とはいえ今日は、いや今日も定時で上がるのは厳しそうだと思いながら、目の前の報告書のチェックを続けた。
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