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彼女はあの男と1年前新宿にあるクラブで知り合った。
彼女がそのクラブに入ったのは、特に目的はなかった。
何となく気になって階段を降りてみて、中へ入ると、騒がしく皆が踊り狂っている中、1人つまらなさそうにジントニックを煽っていたのが、その男だった。
彼女は何となく男に近付いた。
気付いた男は、彼女を見るや否や目を輝かせるようにして素敵な笑みを返してくれた。
彼女は懐くように微笑み返した。
彼は手にしていたジントニックを一気に飲み干すと、結婚指輪をしたままの手を差し出した。
彼女は差し出された右手を右手で握り返すと、男はギュッとその手を握り締めた。
それからはあっという間だった。
クラブを出て、二人は夜の街へと出た。
「名前は?」と聞かれたけど、濁していると、男がそれをしつこく聞いて来ることはなかった。
彼女はそれに安心した。
そして、彼女はきっと彼はこういう関係には手慣れているに違いないと踏んだ。
そう、男女関係は後腐れなく楽しむに限る。
彼女はそれほど深い関係になるのは好きじゃなかった。
だから、場数を踏んだ遊び慣れた男と遊ぶのはそれなりに楽しめる気がしていた。
男はそれには打ってつけだった。顔立ちも良い部類で、ちょっと世の中に疲れたような目付きをしていた。
昔は遊んでいたのだろう、一見真面目にそう見えて、髪型や表情の端々に女性の気をひいて来たような名残りが読み取れた。
その晩、関係を持って、度々連絡を取るようになった。
彼女は寝た後にしか自分の素性は明かさない。でも、名前くらいだった。
名前以外にお互いのことを知る必要がないからだ。
男といるのは楽しかった。
そこまで気取ったデートでもないけど、たまにクラブ行ったり、ビリヤードに連れて行って貰ったこともあった。
一緒にいるうちに知った男のことは大手証券会社の営業マンで、港区に住んでいたこと。新宿か六本木あたりで遊ぶことが多くて、営業ノルマがキツくて度々落ち込むことがあった。
だから、彼女はそんな男を励ましたくて、仕事関係の情報収集を手伝うようになった。
彼女が得意なことだった。
度々プレゼントも貰ったし、一緒にいて不満があったわけじゃない。
ただ、もう退屈なのだ。
お金を介したやり取りと、容姿ばかりに関心が向いてしまって、つい流されて寝てしまうことに飽きてしまっただけ。
彼女があの部屋で目覚めてから、もう5年になる。
お金も服も山程ある。食べたいものはいつだって買える。煩わしいことなんてない。
でも、友達もいない。
自分が何者でどこから来たのか、何故あの部屋にいるのか…
そして、度々現れるあいつらの存在が何なのか?
彼女は部屋に戻ると、いつも孤独で泣いてしまうのだ。
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