Tokyo 2

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Tokyo 2

6月下旬。 時刻は午後3時。 陽射しは傾き始めていたが、まだまだ熱を帯びていた。そんな中、葵は一人営業活動に勤しんでいた。 ジメジメとした湿気を含んだ空気が肌に纏わりつくと、何とも言えない気持ち悪さがある。 じんわり汗ばんで来るのをハンカチで抑えても、キリがないくらいだ。 何故、日本の夏はこうも湿度が高いんだろうかと思いながら、葵は買った炭酸ジュースの缶を開けると、それを豪快に喉に流し込んだ。 新規開拓の営業なんて、そもそもやったことがなかった。2週間ほど、裕一の元で研修させては貰ったが、やはり営業活動は自分で経験を積むしかない部分があった。 大手旅行会社ともあれば、ルート営業が殆どだ。市場の開拓なんて既にされてしまっているし、わざわざ街を練り歩いて営業に回ったところで、売り上げに即繋がるそんな単純な話ではない。 この業界には、「困ったらまず学校へ行け」なんて言葉があるが、学校へは行ってみたものの、なかなかいい顔はされず、最後に回った私立の高校はほぼ門前払いをくらったようなものだった。 毎日、朝9時半に出社し、午前中は営業準備、11時過ぎには会社を出て、主に電車を使って外回り。大体2~3件、多い時は4~5件回って午後6時過ぎに帰社してからは、報告書の作成と、顧客の要望に沿って、ホテルやバス会社と料金や食事のメニューなど、詳細について交渉を重ねるのが通常だ。 しかし、2011年の海外修学旅行のシェアは公立が53.7%、私立が93.1%と最近は、修学旅行はマーケットの3割程度で、続く自治体・官公庁や宗教団体への手配がそれぞれ1割程度といわれており、企業需要は、日本経済が右肩上がりの時代の終わりと共に激減してしまっていた。 だが、法人営業は担当スタッフがある特定の企業や団体の行事や目的、リクエストに沿った、オーダーメイドの旅行を作ることが目的で、個人客と違って一回の受注額は大きく、いったん顧客になって貰えるだけで、その他の受注に繋がる可能性も秘めているため、広い視野での戦略的な営業を持ち懸けていくことが大切で、企業にとってはなくてはならない部門とも言えた。 そこで、近年旅行業界では、従来の法人営業像の形を変えつつあった。 例えば、出張事務代行サービスや、インセンティブ旅行や販売促進、出張手配の清算、経営コンサルタント、社内行事、イベント運営、福利厚生業務まで踏み込むなど、その幅を広げ、従来の提案型営業から、課題解決型営業に形をかえるといった取り組みである。 特に、大手の強みはある特定の専門分野においてそれに特化した子会社を系列に持っている場合も多く、一例に挙げれば大手旅行会社JTB グループは、国際線を使った、プロモーションなどを行っているという。詳細はこうだ。機内の網ポケットに新車紹介の載った現地の観光ガイドブックを入れることで、ターゲットを特定の層に絞り込んだプロモーションが可能になる。 これらに旅先の情報も一緒に掲載すれば、利用する客にとっては参考資料となり、プロモーションする企業側にとっては貴重なマーケティングデータとなる。つまり、winwin の関係を築けるのである。 上記を簡単に言い換えると、旅行会社は人の動く時期や、集まる場所、顧客のセグメントに関する豊富なデータを集積することで満足の行くサービスを提供することに強みを持つと言える。 故に、それらのデータを全国に広がる様々な媒体や店舗を効果的に利用することで、新たなビジネスを開拓していくのが新たなビジネスモデルとなりつつあるのだ。 そんな中、新たに注目されているのがイベント・コンベンション事業である。 コンベンション事業は、まず、主催者からオリエンテーションを受け、課題や目的、方向性を確認するヒアリングを行い、自社の企画力や顧客背景、社会要因などをふまえてオリジナルのイベントプランを作成し、担当者や役員達にプレゼンを行い、プランが採用されればプロジェクトを立ち上げるといった流れだ。 旅行会社は今までも、イベント・コンベンションにおいて、宿泊や輸送を中心に重要な役割を果たして来ていたが、今後は会場の運営や、警備、通訳、パビリオン設営、広告宣伝までもトータルにサポートしていくことでその事業の幅を拡げようと奮闘している最中なのである。 しかし、葵が頑張ってみたところで、門前払いをくらった企業は数知れず。新規営業なんて今の時代はもう古い。それでも、この伝統的な営業方法はどの業界でも簡単になくなりはしないのも事実だ。 だが、比較的社員の年齢層が低いこの企業において、正社員の中堅と呼ばれる葵が、こればかりさせられるのははっきり言って屈辱でしかなかった。 この企業では、法人の新規開拓は基本、契約社員が担当しており、新人が研修の一環としてする以外には、正社員がすることは稀だったから。 だが、営業経験のない葵にとって、それは単調とも容易とも呼べない仕事だった。そのため、葵はノルマ達成云々よりも、まずツアーを提案する以前に、相手に仕事の話をどう持ち掛けるか、如何にして心を開かせるかその段階が突破出来ない現状では、何の希望も持てなくなりつつあった。
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