アイツ

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「班長、死亡時間は昨夜ですね」  新米刑事の静香アキが班長の円堂夏生に鑑識の速報を伝えた。  今朝、豊四季公園の公衆便所の脇の茂みで死体が発見されていた。  第一発見者はラジオ体操に通っていた近所の小学五年生、空蝉太郎君。すぐに公園前の交番に駆け込み知らせてくれた。駆け付けた警官によれば遺体は仰向けの状態で木陰の根元に無造作にころがっていた。既に死後硬直が始まり手足が強張っている。  静香と円堂が白い手袋をはめ茂みの中を更によく探すと、草むらの中に複数の死体が散乱していた。殊に木のまわりで。いずれも仰向けで死んでおり手足を広げたまま死後硬直が始まっているのが共通点だった。  円堂と静香が驚いたように顔を見合わせ共にハンカチを取り出し口元に当てどちらともなく呟いた。 「これはひどい...」  円堂が静香を試すように尋ねた。 「静香、どう思う。半ぐれ集団の仲間割れか?それとも対抗するグループとの抗争か?」 「そうですね、班長。でも体に傷跡がありません。自分には木から落ちたようにも見えますがそれも何だか変ですね。集団自殺の可能性を考えます」 「おお、鋭いな。確かに...怪しい宗教かもしれん。少なくとも木には縄らしきものはないようだ。だとすると薬か...」  その時、静香のスマホがブルブル震えた。しばらく携帯を耳に当てていた静香が厳しい顔で円堂に向き合った。 「班長、報告です!周辺の聞き込みしていた警官から有力な情報です!二つあります」 「よし、言ってみろ」 「昨日夕暮れ時、公園の向かいのアパートの二階の窓から煙のようなものが見え、異臭がしたようです。そして、同じ頃この茂みの中で何かが集団で泣いていたような音が聞こえたようです。まるでリーンリーンと鈴の音のようだったと。以上」 「班長。煙と臭い、鈴の音と言えば祈りの定番です。そうか!旅立つ前の集団祈祷!やはり宗教の線で間違いないですね!」  静香が目をキラキラ輝かせ円堂を見つめた。  その時だ。  静香の目が円堂の肩越しに異臭を発したアパートの二階で何か動くものを捉えた。静香が「あっ」と声を上げて目を凝らすと、ベランダで魚の骨を咥えてじぃ~っとこちらを見ている猫と目が合った。その視線は現場の茂みを見ているようでもある。静香も誘われるように茂みのあたりに目を移す。すると先日まであれだけ深かった樹木の緑がうっすらと黄色や赤に変色してるのに気が付いた。ところどころ枯れてもいる。  突然、静香が叫んだ。 「そうか、ガス⁉ 班長、死因は毒ガスじゃないでしょうか⁈」  円堂も静香と同じ光景を確認していたがさすが班長、彼の目は静香には気が付かないもう一つの物を見逃さなかった。空と雲。枯れた葉っぱの隙間から僅かに覗くひたすら高い青空と鱗雲だった。  今度は円堂が叫ぶ番だった。 「そうか!わかったぞ!!静香。アイツの仕業だ。ついにアイツが来たんだ‼」 「アイツ?」静香がすかさず聞き返す。 「そうだ。木陰の死骸、夕暮れ時の煙と臭い、茂みの鈴の音、葉の変色。そして極めつけは高い空。きっとアイツに違いない」  円堂はニヤリと笑い、静香に静かに語りかけた。 「アイツは音もなくいつの間にか俺たちに忍び寄る。お前の後ろの立ち入り禁止のテープの向こう側の野次馬にでさえ既に潜んでいるかもしれん。それも涼しい顔でな...」 「ええっ!」静香がビクッと後ろを振り返る。 「アイツ?...」と恐げな顔で誰かを探し始めた。  それを見ていた円堂が誰に言うともなく呟いた。 「今年の夏はいい加減クソ暑かったからなぁ...真夏生まれの俺でさえ早くジ・エンドゥ!を願ったもんさ」 「あ~。わかぁったぁ!!」「わぁかぁったぁ!!」  再び静香が叫んだ。今度は二度も。 「フフフ、班長。アイツはワ・タ・シ...ですね」  静香はちょっと背のびし円堂の耳元で静かにささやいた。 「そうだ。ようやくお前にもピンと来たようだな。アキ」        ・        ・        ・ 「はぁ~い。太郎君、朗読ありがとう」 「どう、みんな?太郎君の作文、おもしろかった?」 「先生ね。夏休みの宿題で空蝉君の作文が一番いいと思ったの。大賞はこれに決めたわ」
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