クネヒト・ループレヒトの裁き

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 今宵は晴れて、満月が出ていた。  窓から射す月光が心地いい。  お月さんに向って俺は語りかけた。  「ああ、父さん、見ててください、この世に正義があることを連中に思い知らせてやります」  俺は部屋の明かりをつけると、アルバムにある一枚の写真を眺めた。  父が生前、クリスマスパーティに参加した頃の写真で、似合いもしないとんがり帽をかぶって取引先と笑っていた。  クリスマスが愛の日なんて、いったいどこのバカが宣伝したんだろう。  思えば、この日からあとを任されて、三十年、こんなかたちで廃業することになるなんて……。  そう思うと、腹が煮えて吹き飛びそうになる。  いつから目をつけられていたのか、父親から継いだ呉服店に泥棒が頻繁に入りこんで、廃業せざるおえなくなってしまった。驚いたことに庭師や大工を雇って泥棒させて、その商品を売っているのは同じ町内の住民で、密かにブラックマーケットを開催して安値で売りさばいてやがるんだ。  こんなの許せるわけがない。  おまけにこの右手だ。ドロボウを発見して格闘したんだが、なんと泥棒は斧で武装しており、あろうことか俺の右手を叩き落していきやがった。  騒ぎを聞きつけた家族が警察と救急車を呼んでくれたから命だけは助かったが、あとから訊けば、警官たちはこの惨状に震えるばかりで、ろくすっぽ現場を調べなかったらしい。  なんと電波式のアンテナを通して画像を記録するテレビカメラはジャミングで画像を記録しておらず、その時間帯だけ受信機の液晶画面は真っ黒だ。  これでは証拠がない。  犯人は酷い奴で、畳で寝転がって苦しむ俺を尻目に右手を持ち帰り、窓から道路へ逃げると、マンホールを開けて下水に放り投げやがった。早く冷やしておけば繋がったかもしれないのに、思い出すだけでムカついて仕方ない。  商品を奪われて、命まで失いかける。  俺は震える手で、右手の義手を外して、代わりに手製の武器を装着した。板だ。特注で友達の板金工に作って貰った金属の板をはめ込んでやった。ガチャンと頼もしい音が聞こえて、左右のレンチでボルトを締めて完全に固定してやった。  これはトラックのサスペンション用の板ばねを溶接したものだから、弾力があり、よくしなる。  試しに宙を振ってみたら、いかにも凶暴そうな、空気を裂く音が聞こえた。  これで近所の悪ガキの頬を片っ端からひっぱたくつもりでいる。  「まずは隣の嬢ちゃんだ!あのガキを……」  最近結婚したガキで、陰口でおれを馬鹿にして「バーカ!」と、甲高い声で笑いやがる。親は転売している犯罪者の仲間だ。  尻尾をつかむまではとわざと気がつかないふりをしているが、もう我慢も限界だった。ゴキブリを見つけたらスリッパで叩きたくならないか? その気分だ。あの頬を思いきりこれでぶっ叩くんだ。もちろん、歯が砕けるくらいでは済まないだろう、頬は陥没して、頭蓋に命中したら、確実に破裂してしまう。
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