19人が本棚に入れています
本棚に追加
白井の蹴りで後ろに折れ曲がってしまった首を、コキコキと不自然な音を鳴らして元に戻しながら、サグメは念動力で立ち上がった。その顔は、再びニヤリと不敵に笑っている。
「いかにも。この女に一つ目を付けたのは妾じゃ。貴様が石化させる瞬間まで、様子を覗いていたがな」
「天深女童子よ、直ちにここから立ち去れ。彼女に指一本触れるな!」
そう怒鳴り、白井が紅い瞳を光らせて睨むと、サグメは突然高らかに笑い出した。
「神の眷属如きが、この妾に勝てるとでも?」
するとサグメの身体から、静かに紫の炎が立ち上る。そして、今まで晴れ渡っていたはずの空からゴロゴロという雷鳴が轟き出し、みるみるうちにベランダの明度が下がっていく。
するとマンションの地下深くからゴゴゴゴ……という地鳴りが僅かに聞こえ、部屋全体が小刻みに揺れ始めた。
しかし白井は慌てるどころか一切動揺を見せず、茜を静かにその場へ寝かせると、柏手をひとつ打つ。すると次第にマンションの揺れが小さくなり、振動と地鳴りがピタリと収まった。
「確かに私は神の使いだが、この地は我が神が護る土地。この地であれば私は何処に居ても、我が神の力を借りることが出来る。この地で私と闘うことは、我が神と闘うことと同義なり。それでもまだ争うか?」
涼やかな顔で白井は宣言する。サグメは下唇を噛んで真っ赤な血を滲ませると、「どこまでも邪魔な奴め」と言って踵を返した。
再びベランダへ降りたサグメは、白井を一瞥すると、
「諦めはせぬぞ」
と言い残し、軽やかにベランダの手すりを超えて下へと落ちて行った。
* * *
茜が目を覚ますと、目の前には見慣れない天井と、色素の薄い白井の心配そうな顔があった。
「白井……君? ここは……」
体を起こそうとすると、自分が白井に膝枕されていたことに気づく。手首を返して腕時計を見ると、午後三時を少し過ぎたところだった。
午後二時にマンションのエントランスで大島史佳と待ち合わせて、そこから鍵渡しのためにこの八〇六号室へ移動した。そして部屋を案内し……
史佳が突然襲ってきたのを思い出してこめかみに手をやると、そこにはすでに流れていたはずの血液も傷口も、痛みさえも消えていた。
(あれは……幻?)
周囲を見回すが、殺風景なリビングに大島史佳の姿は見当たらない。その上、ここに居るはずのなかった白井が何故か、自分を膝枕している。
最初のコメントを投稿しよう!