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グループラインのメッセージを見れるのは、多聞か忌一本人しかいない。もしこの通話先の人物が本当に松原忌一本人だとしたら、この目の前にいる忌一は一体……
「今どこに居ますか?」
『俺? 俺は今、自分の部屋だけど。俺のことより凪ちゃんは今どこ? 家に帰れた?』
「いえ、まだ会場です。実は今、一人じゃなくて……」
そう口にした凪は、目の前の忌一を見つめる。彼のことを電話先の忌一に言うべきか否か迷った。電話先の忌一が本当に本人なのかどうか、もしかしたら異形の罠という可能性もゼロではない。
すると電話口からガサゴソという音が聞こえ、しわがれた声が続いた。
『もしやおぬし、その世界に引き込んだ異形と一緒におるのではないか?』
その声は間違いなく忌一の式神、桜爺の声だった。
(おじーちゃん!? ……ということは、目の前にいる忌一さんは……)
次第にガクガクと震えだしそうな足を、精神力で必死に抑え込む。桜爺の言葉が正しければ、目の前にいる忌一の方が異形だ。
この花火大会で起こった二度に渡る行方不明事件の情報を忌一から聞き及んでいた桜爺は、その原因が異形の仕業ではないかと睨んでいた。
その異形の名は『騙り隠し』と呼ばれ、ターゲットの人間の情報を盗み取り、異次元空間へ引きずり込んでその人間の欲望を叶えることで、生気エネルギーを吸い尽くすのが目的なのだという。
ターゲットの人間が男性であればその男の好みの女性に化け、異次元空間にずっと居続けたいと思い込ませることで、男の生気を底をつくまで吸い尽くすのだ。
(情報を盗む?)
桜爺の話によれば、騙り隠しは何らかの方法で凪から情報を盗んでいるはずだった。いちばん手っ取り早いのは、直接凪の身体に取り憑くといった直接接触する方法だ。いくら異形でも、何も触れない状態から記憶を盗むことは出来ない。
(手を繋いでた時に?)
だが、忌一の姿で現れた時にはすでに情報を盗まれていたはずである。
凪は自分の身体のどこかに騙り隠しの取り憑いた痕跡はないか、くまなく調べた。だが、自分では背中の方までは見えないし、目の前の騙り隠しかもしれない忌一に、「ちょっと背中に何か憑いたかどうか見てくれませんか?」と訊ねるわけにもいかない。
てっきり自分以外の人間が会場から消えたと思い込んでいたが、実際に消えていたのは凪自身だった。そして今居るこの場所こそが、騙り隠しの作り出した異次元空間らしい。
(ここから脱出するには……)
「どうすれば……」
思わず口をついて出る。すると電話先の桜爺が忌一に変わり、
『その異次元空間へ入った時には、何かきっかけがあったはずなんだ。そのきっかけさえわかれば……』
そこまで聞こえたところで、目の前の忌一が「誰と話してるの?」と、スマホを持つ凪の腕をむんずと掴んだ。
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