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液晶画面を見られまいと、凪は慌てて通話を切る。
手首を掴む忌一の握力は、先ほど手を繋いでいた時とはまるで別人のように強くて痛かった。その上、もう一方の手で凪のスマホをも奪い取ろうとしている。
「ごめんなさい!!」
そう叫んで凪は髪に挿していた簪を抜き取り、手首を掴む忌一の腕に突き立てた。すると忌一は「痛っ!!」と声を上げて怯み、その隙に凪は河原とは逆方向へと駆け出す。
(忌一さん! 忌一さん!! 忌一さん!!!)
下駄で覚束ない足を必死に動かしながら、持っていたスマホのリダイアルボタンを押した。だが聞こえてくるのは、『電波が届かないか、電源が入っていないため……』というお馴染みのアナウンスだけだ。
やはり式神を二体も使役する強い霊力があるからこそ、忌一だけは次元を超えてこの世界に干渉することが出来るのだろう。
(きっかけって何!? きっかけなんて……)
駆けながら必死に記憶を巡らす。自分はいつからこの異次元空間に居たのか? その時何が起こったのか?
すると突然、背後でまた花火が打ち上がった。ふと足を止め、振り返る。
(そう言えば、この花火が最初に打ち上がった時じゃない? 会場から人が消えたのは。あの時花火に見とれて、それで……)
だが花火がきっかけだとすれば、自分だけが異次元に居るのはおかしい。何故なら花火はこの会場に居る人なら誰もが、さらに言えば、会場にいなくてもこの周辺地域の住人なら誰もが目撃出来るからだ。
おそらく自分にしか起こっていないことがあるはずだ。花火が打ち上がる前、花火が打ち上がる直前にしていたことと言えば……
(たこ焼きを買って、その後ジュースを買おうとして……)
その時、右腕から上空に伸びる糸と、その先に浮かび上がる風船が目に入った。風船はずっと、手首に嵌められたプラスチック製の腕輪によって、凪の側を片時も離れていなかった。今まで体の一部と化していたせいで、その存在をすっかり忘れていたのだ。
(そうだ。あの時変な人が勝手にこの風船を押しつけてきて、その直後に花火が上がって……)
先ほど打ち上がった紅い花火は、すでに火花を消していた。暗闇に包まれた河原の方角から、こちらへ向かって駆けてくる足音だけが聞こえてくる。おそらく忌一に化けた騙り隠しの足音だ。
その足音はどんどん大きくなる。十メートル、五メートル……あと三メートルとなった辺りで、忌一の姿がしっかりと視認出来た。
両の瞳は紅く輝いており、同じような輝きが額にあと四つある。そして彼の背中からは二階の高さにまで届きそうな、巨大な虫のような黒い脚が六本生えていた。そして忌一の口はこれでもかと両端に裂けて開き、粘り気のありそうな涎が滴っている。
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