鬼ヤライノ神隠シ

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 日中の気温は人体の平熱温度にまで達し、何も対策をしなければ簡単に命が奪われるような酷暑が続いていた。夜中も連日熱帯夜で、二十五度を下回らない。  そんなお盆を間近に控えたある夏の日の午後、クーラーのよく効いた六畳ほどの仏間で、女子高生の高橋凪(たかはしなぎ)は、白地に青と紫の鮮やかな朝顔柄の浴衣を母親に着付けてもらっていた。 「若い頃着ていたお古だけど、なかなか見れるじゃない。とっておいて良かったわ、この浴衣」 「お母さん、ありがとう。助かったよ」 「でもあんた、大丈夫なの? 昔から人の多いところ苦手だったじゃない? 花火大会なんて……」  そう言いながらも凪の母は、姿見に映った娘の帯と襟のバランスを微調整していく。  凪には幼い頃から、普通の人には見えないがよく視えていた。それは、一般的に“幽霊”と呼ばれる亡者の姿や、“妖怪”と呼ばれる明らかに動物でも人でもない異形の存在などだ。  その力は凪の父親の家系によく顕現(けんげん)した能力で、父親自身には全く現れなかったが、父親の母親である凪にとっての祖母やその妹、そのまた祖母である高祖母にも同じ能力があったという。  その能力のせいで、凪は特に人の集まる場所を苦手としていた。何故なら人ならざる者たちが現れ、集まるのもまたそういった場所だからだ。  いろいろなものが視えてしまう凪にとって、祭りやイベント会場などの楽しい場所は、一瞬にしてお化け屋敷に早変わりしてしまう。そんな凪が苦手にも(かかわ)らず、さらに言えば今年は(まれ)に見る酷暑にも拘らず、県内有数の花火大会へ行くのを決心したのには、もちろん理由がある。 (こんな私にも、やっと友達が出来たんだから……)  今までが決して孤独だったわけではない。この特殊な能力さえ上手く隠しておけば、学校生活を無難に送ることは出来ていた。しかしそれは学校生活の中でだけで、プライベートで一緒に遊びへ行くような関係性を作れたわけではなく、ごく広く浅くの人付き合いをしていただけだ。  何故、高校一年生にしてやっとそんな友人が作れたのかと言えば、それは学園祭の準備期間に起こったある事件がきっかけだった。  その事件とは、ある日突然教室中のクラスメイトの顔が真っ黒になってしまうという怪奇現象だ。  事件と言っても実際は、その黒い顔が視えるのは凪だけなので、他の人間には全く何事も起こっていないことだったかもしれない。しかしこの怪奇現象は同じクラスだけに留まらず、凄い勢いで学園内へと広まっていった。
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