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「車も自転車も、運転手が握ったハンドルの通りに進む。列車は敷かれたレールの通りにね。でも船は、船だけは、放っておけば波といっしょにどこかへいってしまうんだ」
ほら。そう言いたげに、床の上に転がしてただの一度も触れることのなかったオールを、小さな人差し指で示して見せる。
「僕の船へ乗りに来る人たちは、みんな、『どこかへ行ってしまいたい』って思ってる。あなたもそうだ」
ぎい。ひときわ大きく船の軋んだ音が、静かに心臓へ刺さる。もちろんそんな幻の感覚は痛くなんかなくて、痛くはないのに私は何かを確かめるみたいに、胸に手を置いた。
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