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何かの遠吠えが聞こえた。
まるで狼のような声だ。けれど、狼は北部の山の中にしか生息していない動物なのでこんなところにいるはずがない。アニエもその姿を見たのは北部に旅行に行った一度きりだった。
空耳だろうか? と思いアニエはさらに奥へと進む。
雲が一瞬満月を覆った。
冷水を浴びせられたかのように冷たい影が落ちてくる。
アニエは足がすくんで立ち止まる。
自分がどこにいるのか分からなくなって、混乱したようにあたりを見回した。
何かの影が動いた。
目を凝らす。
満月が顔をだした。
月明かりが降り注ぐ。
アニエは息を止めた。
そこにいたのは灰色の狼だった。
いや、けれどその狼は二本足で立っている。
――狼男!
アニエは心の中で叫んだ。
狼男は大昔に滅びた獣人族だ。その姿は絵本でしか見たことがない。けれど目の前にいるのはまさしく絵本の中で見た狼男だった。
そんなはずがない、と思いながらアニエは凝視する。
狼男がこちらに気がついた。
血のような真っ赤な目がアニエをとらえた。
狼男はゆっくりと近づいてくる。
まるで歩くことが億劫であるかのように一歩一歩地面を踏みしめながらこちらへ向かっていた。
アニエは声にならない悲鳴をあげる。
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