プロローグ

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 俺は小学三年生の時、父の急な転勤で東京から名古屋のこの家に引っ越した。ここは元々亡くなった母方の祖父母が住んでいた家で、空き家になっていたのをリフォームして俺たちが住むことになったのだ。転校当初、言葉の違いなどからなかなか学校に馴染めず苦労したのを覚えている。 「へぇ! お父さんも転校生だったんだ」 「お父さん〝も〟って?」  何気なく聞くと娘はなぜか頬を赤く染めて俯いた。そういえば先日娘のクラスに転校生が来たとか言っていた。もしや……。俺と真奈美のやり取りをニヤニヤしながら見ていた姉が口を出す。 「まぁまぁ、小学生にもいろいろあるのよ。ね、真奈美ちゃん」 「そういうことっ」  顔を見合わせて笑い合う姉と娘。二人はなぜだか気が合うようでとても仲がいい。俺よりも六歳年上の姉は短大を卒業し二十三歳で結婚、二十六歳で離婚して実家に戻ってきた。「ま、所謂〝性格の不一致〟ってやつよ」とだけ言い離婚に至る詳しい事情は話そうとしなかったし、俺も何だか聞いちゃいけないような気がしてそれ以上は聞いていない。以来姉は実家で両親と三匹の猫たちと一緒に暮らしている。俺たちが今住んでいるのは同じ県内なのだがどちらかというと静岡県寄りの場所で高速を使わないと名古屋市内まで車で二時間半以上かかる。もう少し近くに住めばよかったのにと両親や姉から言われたが、市内で狭いマンションを買うよりも郊外に戸建てを買った方がよさそうだと考えての決断だった。近くに自然も豊富で環境も悪くない。 「それにしても今年は奈津子(なつこ)さん来られなくて残念ね」  奈津子というのは俺の妻。毎年お盆は親子三人で帰省するのが恒例なのだが今年は俺と真奈美の二人だけで帰省している。 「ああ、本人も楽しみにしてたんだけどな。あいつここの花火大会好きだからさ」  今日は地元の花火大会。俺が子供の頃は夏休み最後の日に催されていたのだが最近はお盆の時期に合わせて行われている。盛大に催されるこの花火大会には近隣の県からも大勢の人が押し寄せる。かくいう俺もこの花火大会目当てに実家に帰ってきているようなものだ。 「お母さんね、お仕事なの」  真奈美が残念そうに言う。本当は妻も一緒に来て俺の実家で二泊程していくはずだったのだが、出発直前になって会社からの緊急招集で来られなくなったのだ。 「本当に残念。あーあ、今年も占ってもらおうと思ってたのになぁ。奈津子さんの占いよく当たるのよね」  姉が頬を膨らませる。妻の占いはよく当たるらしく姉は会う度に占ってもらっていた。俺はそういうものに全く関心がなく、毎度毎度飽きずによくそんなことやってるなぁと口を挟んでは姉と妻から睨まれるのだった。
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