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「さぁて、そろそろ支度して出かけましょうかね」
母が真奈美の浴衣を手に居間に入ってきた。
「わぁ、浴衣、浴衣! お祖母ちゃん早く、早く!」
「まぁまぁ、じっとしていないとお着替えできませんよ」
「はぁい」
俺は二人のやり取りを目を細めて見守る。真奈美は浴衣を着せてもらうと嬉しそうにくるくると回った。白地に赤い金魚の柄が入った浴衣だ。真奈美と一緒に金魚たちもくるくる回る。
「ほらほら、金魚さん目回しちゃうよ」
姉の言葉に真奈美は嬉しそうに声を上げた。
「金魚さんもくるくるだ!」
ゆらゆらと揺れる帯に猫たちが興味深々で集まってくる。
「あ、こら、ふくちゃんダメよ」
手を出そうとしていた猫を姉が慌てて抱き上げる。ふくちゃんは不満そうにニャアと鳴いた。真奈美がその頭をぽんぽんと撫でながら「ふくちゃんごめんね、今年はクロちゃんお留守番なの」と話しかけている。真奈美の言葉を理解しているかのようにふくちゃんは再びニャアと鳴いた。実家にいる三匹の猫と我が家のクロちゃんは兄弟猫だ。クロちゃんは物怖じしない猫で車もへいっちゃら。帰省の時は毎回実家に連れてきていた。兄弟ということもあってか彼らはとても仲が良い。案外年に一回会えるのを楽しみにしているのかもしれない。だが今年は俺ひとりで娘と猫の世話は大変だろうという妻の言葉でクロちゃんはお留守番になってしまった。
「さあ、ぼちぼち出かけようかね。車で行くと駐車場を探すだけで時間くっちまう。歩いて行こう」
父が居間に顔を覗かせると「あ、お祖父ちゃん、見て見て。金魚さん!」と真奈美が再びくるくる回る。
「おお、こりゃあいい。お姫様みたいだ」
「わーい、お姫様だって」
「はいはい、じゃあそろそろ行きましょうかね、お姫様」
俺は真奈美の頭をくしゃっと撫でて笑った。
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