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俺たちはぶらぶら歩きながら花火会場へと向かった。会場は家から徒歩二十分ぐらいの川べりだ。普段人通りの少ない道も今日はかなり混みあっている。左手を祖父である父に、右手を祖母である母に握られた真奈美はご機嫌で俺の前を歩いていた。
「お祖母ちゃん、おっきな看板があるよ」
「ええ、花火大会の看板ね。真奈美ちゃん読めるかな?」
「読めるよ! ええとね、れいわごねんって書いてある」
「そうそう、令和五年。真奈美ちゃんは賢いねぇ。それにしても昭和、平成、令和とまさか元号を三つも見ることになるなんてねぇ。私も年を取ったわ。もういつお迎えが来てもおかしくないよ」
しみじみ言う母を真奈美は不思議そうに見上げている。
「おいおい、健康診断でもあり得ないぐらい健康だって言われてる癖に何言ってるんだよ」
後ろから俺がそう声をかけると母は「それもそうね」と大声で笑う。と、その時急に姉が振り返った。
「そういえばさ、高橋君の家引っ越したんよ。引っ越し先は聞いてないけど家のあったとこはもう更地になってる。見てびっくりするといけないから伝えとこうと思って」
「高橋君?」
一瞬何のことかわからず聞き返したがすぐに思い当り「ああ……」と頷く。
「将司の家、か」
俺の顔が翳るのを見た姉は不自然なぐらい明るい調子で話を続けた。
「いや、まぁあの家も古かったしね。建て替えるぐらいなら引越しちゃえってとこなんじゃないかな」
そんな理由ないだろ、と思ったが「そっか」とだけ返すと姉は俺の後ろに回り込み、背中をパシンと叩いた。
「いってぇなぁ。何だよ」
「まだ気にしてるんでしょ」
「ああ?」
背中を嫌な汗が伝う。
「あんたが結婚する一年前だったっけ? 実家帰ってきた時、私に話してくれたじゃん」
やっぱり覚えていたか、と俺は姉に話したことを少し後悔した。まぁあんな話を聞いて忘れられるはずもない。
「あの時も言ったけどあんたのせいなんかじゃないから」
姉は再び俺の背中を叩く。その時、ヒュルヒュルヒュル、という音に続きドンという爆発音が響いた。夜空に花が咲く。
(違うんだよ、姉貴。あの日、本当は……)
俺は心の中で反論したが口に出しては「気にしてなんかないさ。それより花火始まったぞ」と言って夜空を見上げた。
「そうね、花火花火!」
姉は夜空を見上げて笑う。
――なぁ和也、花火綺麗だな。
不意にそんな声が聞こえた気がして思わず振り返る。今の声は……。
「将司?」
思わずそう呟いて苦笑する。こんなところに将司がいるはずないのに。気付けば姉が心配そうに俺を見ている。ああ、やっぱり話すんじゃなかった。俺が……人を殺した話なんて。
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