23人が本棚に入れています
本棚に追加
「あらあら、ごめんなさいねタロウちゃん」
「タロウちゃんって言うんですか? かわいい柴犬ですねぇ」
姉の言葉にふと当時のことを思い出す。間宮さんはジェニファーという名の柴犬を飼っていた。そして……。
「確か昔も柴犬飼ってなかったっけ? ジェニファーとかいう名前の」
ああ! と間宮さんが突然笑い出す。
「あの子ね、本当はハナって名前だったの」
「え、そうだったんだ。何でまたみんなにはジェニファーだって言ってたわけ?」
間宮さんは当時を懐かしむようにして「実はね」と話し出した。
「あの頃はさ、何ていうか都会に憧れてたの。まぁ名古屋だって都会といえば都会なんだけどさ。でもちょっとダサいとこあるじゃない?」
そういえば名古屋弁を出さないように、頑張って標準語で話そうとしていたのを思い出す。
「へぇ。それでジェニファー?」
「うーん、まぁカッコつけたかったわけよ。飼い犬がハナって名前なの、何かダサい気がして」
よくわからない思考回路だ。
「そんなもんなの? まぁそれはいいけどさ、一度ここで肝試ししたよね? で、その時も連れてきてたじゃん。ええと、ハナちゃん?」
間宮さんが「ああ」と苦笑する。
「何か急に吠え出したりして怖かったよな? 間宮さんよくこの公園の話してたけどここって……昔何かあったの?」
地元の人間なら姉の言っていた〝事件〟とやらを知っているかもしれない、俺はそう思い間宮さんに聞いてみた。だが彼女は即座に首を横に振る。
「知らない。この辺りで大きな事件があったなんて聞いたことないけど」
「でもお化け公園の噂、よくしてたよね?」
「ああ、ごめんごめん。あれも実はお芝居だったの」
「お芝居? お芝居ってどういうこと?」
わけがわからなくなった俺は間宮さんの顔を覗き込む。すると間宮さんは妙に早口で「みんなに注目されたくって適当なこと言ってただけ」と言いペロリと舌を出す。これも彼女の癖だったな、と思い出しつつ俺は違和感を覚えた。
「でも、さ……」
だが俺が話しを続けようとした瞬間、間宮さんは「ごめんそろそろ戻らないと。じゃあね」と言い犬を引っ張るようにして俺と姉に背を向けた。
「ちょっと待ってよ、間宮さん」
だが彼女は何も聞こえなかったかのようにそのまま小走りに去ってしまう。
「何なんだよ、いったい……」
「まぁ、あれなんじゃない? 子供の頃の黒歴史を思い出して恥ずかしくなったんでしょ」
「いや、でもさ」
俺は疑問に思ったことを姉に話す。
「ここに肝試ししに来た時さ、間宮さんの連れてきてた犬が突然何もないところに向かって吠えたんだよ。あんなん演技じゃできないだろ?」
「犬が吠えるように何か仕込んでいたとか? まぁわかんないけど。でも確かにさっきの彼女……ちょっと様子がおかしかったね」
「だろ?」
俺と姉はしばらくの間、遠ざかる間宮さんの背中を見送った。
「ま、考えても仕方ないでしょ! ちょっと公園見て帰ろ!」
姉が俺の腕を引っ張る。
「はいはい。じゃあ一周するだけな」
結論から言うと何も変なことは起こらなかったし妙なものを見ることもなかった。おかっぱ頭の女の子がベンチに座っているわけでも、その傍らに小学生の男の子が座っているわけでもない。
「やっぱ何もないよねぇ。帰ろっか」
「ああ」
俺たちは夜の公園を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!