6.記憶

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 弟の和也が実家を去りお盆休みも終わりを告げた。と、いうことはまた仕事が始まるわけだ。今私が勤めているのは地元にある小さなシステム会社。でも義妹の奈津子さんみたいなエンジニアってわけじゃない。その会社の経理を担当している。 「あー、なかなかエアコン効かないなぁ」  数日ぶりに出社した事務所は蒸し暑くなかなか涼しくならない。 「休み明けはこれが嫌ですよね。あ、そういえば今日は新しい派遣さんの面談でしたっけ」 「そうそう。戸田さんの代わりね。いい人が来てくれるといいんだけどなぁ」 「ですねぇ」  私たちの所属する経理課は正社員が二人に派遣さん一人の体制だ。一応私は課長。まぁ社歴が長いってだけだが。もう一人の社員である宮田さんは三十二歳。昨年結婚したばかりの新婚さんだ。毎日の家事が大変だと言いつつも楽しそうにしている。そしてもう一人、戸田さんという二十代の派遣さんがいたのだが彼女も新婚さんで妊娠を機に契約満了で辞めてしまった。今度来る人は五十代のベテランさんだという。 「あ、いらしたんじゃないですか?」  宮田さんがそう言って席を立ち入口に向かう。視線を向けると人の好さそうな笑みを浮かべた女性が立っていた。隣にいる男性は派遣会社の営業担当だ。 「こんにちは、サービススタッフの荒木です」  派遣の営業さんが笑みを浮かべ頭を下げる。 「どうも、坂口です。さ、どうぞ」  面談は和やかな雰囲気の中進められた。経理経験などを尋ね十五分程で面談終了。席に戻ると早速宮田さんが「どうでした?」と興味深々な様子で聞いてきた。 「うん、よさそうな人だったよ。経理の経験も十分だし。決まり、かな」 「わぁ、よかった。それなら安心ですね」  翌週から新しい派遣さんは私たちと働くことになった。 「今日からこちらでお仕事させていただく加藤です。よろしくお願いします」 「こちらこそよろしくね」 「宮田です。加藤さんの方が経理経験長いみたいなのでいろいろ教えてください」  ちゃっかりそんなことを言って宮田さんが笑う。加藤さんは人懐っこい人ですぐ職場に馴染んでくれた。 「そうだ、歓迎会しましょうよ!」  数日後、宮田さんがそんなことを言い出した。 「あ、それいいわね。どう、加藤さん? 迷惑じゃなければ」  派遣さんの中にはそうしたプライベートな付き合いは一切したくない、という人もいるので念のため聞いてみた。 「まぁ、嬉しい! ぜひぜひ! 私は気ままなひとり暮らしなのでいつでも大丈夫ですよ」  こうしてその週の週末、女三人で飲みに行くことが決まった。
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