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疑念
クリスは濃紺色の髪と同色の目をハロルドに向け、労うように優しく微笑んだ。
「ああ、いいんだ。私にできるのはこの程度のことしかないしね」
「なにを仰います。近衛隊をお貸しいただけただけでもとても助かっております」
クリスは50人の近衛兵を連れていたが、生き残った近衛兵は討伐部隊の助けへと回していた。側には1人しかおらず、本来の王子の警護としては有り得ない数だ。
自分の身を守ることよりも討伐部隊の隊員に心を割いてくれたことにハロルドは部隊長として感謝の念を抱いた。
「それにしても、酷いな……」
悲しげに眉をひそめ、クリスは辺りを見た。
このような大規模の討伐には被害はつきものである。だとしても、この被害の多さは普通ではない。通常以上の死者と負傷者がでてしまったことに胸が痛む。
「ええ……これほどまでに絶望した戦いは初めてですぞ。未だに生きていることが不思議でなりません」
頷いたハロルドの目には深い悲しみと強い憤りがあった。王族であるクリスの手前、部隊長としても冷静であるよう努めているが、この事態を引き起こした元凶への怒りは相当なものだ。
「同感だ。そもそも、最初から無謀な戦いだったんだ。あの《キングマウンテンクラブ》の大きさは異常だった。あれはもっとはやくに報告がきていなければおかしい」
「たしかに、仰るとおりです。今回のは前回5年前に討伐した《キングマウンテンクラブ》よりも一回り……いや、それ以上に大きかった。見つからないわけがない」
それに加えて通常よりも少ない数での討伐。
《キングマウンテンクラブ》の討伐は、毎回700人ほどで行う。前回の討伐はモンスターの動きが盛んな年であったことから800人での討伐になったが、想定していたほどの困難さはなく、結果は圧勝という形になった。個体の大きさによっては600人で討伐を行ったこともあったようだ。
今回は例年に較べて比較的モンスターが大人しい年で、他国との会談を控えておりそちらにも人員を割かなければならないということもあって650人で挑むことに決まった。
その時点で不安はあったのだが、道中、公道の守りを固めるために100人をそちらに向かわせろと通達があった。
これにはさすがに隊員も不満を口にしたが、従わないという選択はとれない。
困り果てていたところに周辺を視察していたクリスとその近衛兵隊50人が通りがかり、不安を抱える討伐部隊に参加することで隊員達の士気を持ち直せたのだ。
もとより少ない人員、さらにそこからの人員削減は、人為的な策略があったとしか思えない。この作戦は、白ローブの白魔道士がいなければ失敗に終わっていたのだ。それも全滅という最悪の形で。
2人の胸に疑念が湧く。
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