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幻影の白魔導士
広い荒野の片隅で、5人は1匹のモンスターを囲んでいた。巨大な岩に根が生えたようなこのモンスターは《荒野の薔薇》と呼ばれる珍しい花を落とす。
この荒野に生息するモンスターの中でも中ボス程度の強さなのだが、今は岩は砕かれ地面に伏している。
「あの噂って、本当だったんだ……」
放心した様子でぽつりと呟いたのは、5人パーティーの中で魔法攻撃を得意とするウィザードの女。
ウィザードの女はあちこち衣服が破れ、額からは血の流れた跡がある。
他のメンバーも彼女と同じように酷い有様だ。――このパーティーは全滅寸前だった。
このモンスターは見た目からの想像よりも5倍は固いと冒険者の間で言われているが、熟練度もそこそこの5人のパーティーなら余裕だろうとたかを括ったのが間違いだった。
魔法はダメージを与えるどころか跳ね返され、魔法頼みだったパーティーはものの数分で危機を迎えた。
逃亡を図る前に回復支援役の女が瀕死状態に陥り、それによってタンク役の男も重症負ってしまい身動きができなくなった。
そのとき、偶然通りかかった白いローブのヒーラーが5人を救ったのだ。
相棒のブラックドラゴンでモンスターの気を引きながら5人を回復させ、完璧な支援魔法で討伐まで導いた。
そして全てが終わると、金銭を要求するわけでもなくまるで幻だったかのように消えていなくなった。
「幻影の魔道士……」
最近冒険者の間で噂になりつつあるその人物は、そう呼ばれている。
――――――
「――なあ、知ってるか? 幻影の白魔道士ってやつ」
「そりゃ知ってるさ。白いローブを着た腕のたつ白魔道士だろう?」
「バカみてぇに強くてデカいブラックドラゴンを連れてるがヒョロヒョロの小男らしいな」
「オレは剣士並みに図体のいい大男って聞いたぞ」
「はあ? 絶世の美女って聞いたけどなあ」
「助けた対価ももらわず消えちまうんだから、人じゃなくて女神かもな」
ガハハハと大きな笑い声が響く店内は夜だからということもありそこそこの客入りで、店員の若い女は忙しなくテーブルの間を動き回っている。
ここはトライヴス国の北側にある小さな街の酒場だ。2階には宿泊できる部屋もある。
顔を隠すように目深にフードを被った白いローブを着た女は、賑やかな店内に入るなり店主の男に宿泊の旨を告げると代金を置いて俯きがちに2階へ上がった。
鍵を開けて入った部屋には、簡素なベッドと机とテーブルしかない質素な部屋だ。それも旅をするうちに慣れた。
内側から鍵をかけ、ようやくフードを下したアンジェリカは、疲れを逃すように短く息を吐いた。
2年前、サンプトゥン国で国外追放され、川で溺れ死んだと思われていた罪人は冒険者として今もなお生きている。
ただひとつ違うのは、アンジェリカの身体は別の――異世界から来た人間の魂を宿しているということ。
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