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冒険が好き
食事がおわり、パチパチと爆ぜる焚き火を見つめながら食後の暖かい飲み物を啜る。
焚き火を挟んで目の前に座るアンジェリカは、カップを両手に持ってホッと息をついてリラックスしているようだが、ぴたりと閉じられた足とピンと伸びた背筋はあまりにも行儀がよすぎる。
「おまえさ、そんな姿勢良くしてて疲れねえの? 女が胡座かいてても気にしねぇし、もっと楽にしてもいいんだぞ」
もし他人の前だからと気を張っているのならそんなことはしなくてもいい。むしろだらけている姿も見たい。是非とも見たい。と、少しだけ邪な思いまじりで伝えた言葉に、アンジェリカは苦笑を浮かべて首を振った。
「こうしているのが普通になっていて、逆に意識しないと姿勢を崩せないんです。すみません、見ていて堅苦しいですよね」
「いや、おまえが辛くないならいいんだ。堅苦しいなんて思わないから大丈夫」
けれども、無意識でも美しい姿勢をとるほどそれが染みついているのはやはりそういう教育を受けていたということだ。
ウォルターは思いきって踏み込んでみることにした。
「ところでさ、前から気になってたんだけど、おまえ、いいとこ出のお嬢様だろ? なんで冒険者なんかやってんだよ」
変に遠回りな言い方をせずに真っ直ぐにたずねる。
ああ、やっぱりわかっちゃうか。
アンジェリカは心の中でため息をついた。伯爵家の令嬢として育てられ、長年磨きをかけられ続けてきたアンジェリカの所作は、2年経った今でも体に染みついている。
無意識下でも美しい姿勢を保てるまでに努力を重ね続けていた記憶が呼び起こされた。愛珠のままだったならば発狂していたほどにストイックに取り組んでいた彼女の姿は尊敬に値する。
――すへてを素直に話してしまいたい。
けれども、そのせいでこの楽しい時間が壊れてしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
「……好きなんです。冒険が」
アンジェリカのことはまだ話せないけれど、言葉を慎重に選んで愛珠の気持ちを語る。
「自分で選んだ場所で戦って、それで得たものを使って生活をして。時には困難もあって、でも乗り越えて。その中で誰かの役に立てて、必要とされる場があって。どうしようもなく自由で、誰にも咎められなくて。……わたしはずっと、冒険者になりたかったんです」
手の中のカップを握る手に力がこもる。
わたしは、アンジェリカのような人間ではなかった。
アンジェリカには悪いが、この世界にきて、この姿になってどれだけ救われたことか。
罪人というレッテルを貼られていても、愛珠はアンジェリカに、この世界に感謝をしているのだ。
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