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突然の別れ
高圧的な命令口調に事情を知らないウォルターは眉をひそめ、アンジェリカを守るようにずいと前に出た。
「なんだお前ら。こいつになんの用だ」
「貴様には関係のないことだ。退いてろ」
「なんだって?」
アンジェリカを気にかける身としては聞き捨てならない台詞にウォルターの声が低くなる。
「ウォルターさん、待ってください」
兵士たちに詰め寄ろうとするウォルターを制するようにアンジェリカはウォルターの袖を引いた。
どんな用があるのか知らないが、ウォルターを巻き込む訳にはいかない。前に出て挑むように兵士を見つめた。
「要件はなんでしょうか」
「サンプトゥン国がお前の身柄を欲している。我らとともに来い」
「それは何故ですか。わたくしはなにもしていませんし、サンプトゥン国もわたくしのような者にはなんの用もないはず」
「黙れ! 罪人の分際で口答えするんじゃない」
兵士の声に通行人の視線がこちらを向く。アンジェリカははっとした。すぐ後ろには、ウォルターがいるのだ。
ぎくりとしたアンジェリカに追い打ちをかけるように兵士の1人がウォルターの方を見る。
「こいつは殺人未遂を犯して国外追放になった罪人だ。関わると碌なことがないぞ」
ドクン、と心臓が嫌な音をたてる。
知られてしまった。遅かれ早かれこうなることは予想していたが、ウォルターの反応を見るのが怖くて振り向くことができない。
「アンジェリカ――」
口を開きかけたウォルターから逃げるように1歩進んで距離をとる。
潮時だ。サンプトゥン国へ戻ることになるのは解せないが、騒いだところでトライヴス国側は国民でもないアンジェリカを保護することはできない。
クリスに押しつけられた国の紋章入りのブローチを出せばどうにかなるかもしれないが、国が罪人を庇ったとなると外聞が悪すぎる。おとなしく着いていくしかない。
「ウォルターさん、わたし行きます。お世話になりました」
「待てって、アンジェリカ」
引き留めようと咄嗟に手を伸ばすウォルターだが、アンジェリカはさっとそれをかわした。
「この人たちの言う通り、わたしは……罪人です」
伸ばされたままのウォルターの手を見る。
優しい人だった。けれども、その優しさに甘えてはいけない。
罪人であることを知っても親切にしてくれる人はいるが、そうでない者のほうが圧倒的に多い。
あからさまに眉をひそめ、暴言を浴びせてくる者もいる。手の甲の焼印を見るなり態度を変える者もいたし、罪人に人権はないといわんばかりに人前で辱めようとしてくる者もいた。
アンジェリカといれば、必ずウォルターも同じ目にあうだろう。そんなのは耐えられない。
苦しげに目を逸らし、完全にウォルターに背を向けた。
「……さようなら」
ウォルターさん、こんなわたしと冒険してくれてありがとう。
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