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エリックの謝罪
馬車に揺られること2日。サンプトゥンとの国境まではあと3日はかかる距離でアンジェリカは下ろされた。
近くに良い狩場はなく、冒険者はあまり寄りつかない長閑な街だ。その一角にある宿屋の一室にアンジェリカは連れて行かれた。
ドアを開けると、窓辺に佇んでいた人物がくるりとこちらを向く。
「久しぶりだね、アンジェリカ」
「エリック殿下」
何故ここにエリックがいるのか。
入口で固まったアンジェリカを後ろにいた騎士が軽く小突く。
「さっさと中に入れ」
言われるがまま中に入ると、笑顔のエリックが手で椅子を指し示した。体が淑女の礼をしそうになるが、必要はないと言い聞かせ静かに椅子に腰掛ける。
それを見たエリックは一瞬だけ咎めるように眉を上げたが、すぐににこりとした。
「しばらく見ない間に随分と変わったようだね。……ああごめん、今のは失言だった」
嫌味ともとれかねない言葉に反応せず、アンジェリカはただじっとエリックを見つめた。
その目からあからさまな疑心を感じとり、エリックはやれやれと言わんばかりに肩を上げてアンジェリカの向かいの席に腰掛けた。
「来てくれてありがとう。またこうして会えて嬉しいよ。本当に」
「……恐れ多いです。それで、どのような要件なのでしょうか」
硬い表情を一切崩さなアンジェリカに、エリックは観念したように苦笑を浮かべた。
「どうかそうかたくならないで。まずは謝らせてくれないかな」
訝しんで眉を寄せるアンジェリカを気にせず、エリックは神妙な面持ちで口を開いた。
「私は、きみが無実だと知っていた。知っていたが、きみを救うことができなかった」
エリックの言葉にアンジェリカは目を見張る。一体なにを言い出すつもりなのか。
「すべての元凶はモーリーンの父親のシュレイバー公爵さ。モーリーンが企てを後押しするばかりか、それが上手くいくように手回しをした」
他の許嫁候補の令嬢達への嫌がらせはすべてモーリーンが企てたことだった。
そのことで話があると自宅にアンジェリカを招き、わざと階段の上から落ちてアンジェリカに殺人未遂の容疑をかけさせた。
「モーリーンが影でこそこそ動いているのは知っていたが、対処するよりも先に動き出してしまったせいで、手出しができなくなってしまったんだ。本当にすまない。許してもらえるとは思っていないが、どうしても謝りたかった」
……言われなくても、そんなことは知っていたわ。
テーブルの下でギュッとローブを握る。
相手は公爵家だ。アンジェリカを助けようとしてくれた者は他にもいたが、とても異議を唱えられるような状況ではなかった。
「でもひとつわからないことがある。どうして無実であることを告げずに裁かれることを選んだんだい?」
尋ねられて真っ先に脳裏に浮かんだのは、階段を転げ落ちていった先でこちらを見上げたモーリーンの目だ。
深い憎しみと悪意に満ちたあの目をアンジェリカは忘れることができない。
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